隠れ〇〇大国

著者) 伊藤テル


「というわけで、このゆるキャラの名前はにしあちゃんでしたー」
 少しとぼけた声で、そう言ったワタリくん。
 俺は指摘する言い方で、
「いや見ただけでは花を被ってるなとしか思わないわ」
 とツッコんだ。
 ワタリくんは少し唸ってから、
「でも実際、西会津は新潟の県境だから知っていると思ったんだよね」
「いやこのご時世、福島県には行けないから」
「もっと前からいるよ、 にしあちゃん は」
 ワタリくんは少しムッとした声でそう言った。
 このご時世はコロナ禍の影響で、県外には行けない。
 が、こんな時代だからこそ、ネットとテレビゲームで知り合った友達と簡単にビデオ通話ができる。
 俺とワタリくんは週に一度、ワタリくんは福島の、俺は新潟のクイズを出し合っている。
 さて、お次は俺のクイズのターンだ。
「新潟は隠れ○○大国というクイズだ」
「あれでしょ、枝豆でしょ。ご当地テレビ番組でやっていたよ」
「俺が出したい答えはそれじゃない」
「じゃあラーメンだ、これも同じ番組でやってた」
 いや
「ワタリくん、その番組好きだな。でも違うんだよ。まずヒントを言わせてくれよ」
 ワタリくんは腕を組んで、小首を傾げてから、
「じゃあ黄色信号長め県!」
「いやだからヒントを言わせろ!というかそうなのっ?」
「そうそう、前に長野県へ行った時、新潟普通で長野めっちゃ短かった」
「長野黄色信号短め県のエピソードじゃん!」
 俺は強めにツッコむと、ワタリくんは『てへへっ』という感じに後ろ頭をかいた。
「とにかくヒントを言うから、ヒント1、写真を撮る」
「えっ、でも新潟に映えスポットはないからな」
「シンプル失礼じゃん、まあそんな浮かばないけども」
 悩んでいるワタリくんにまたヒントを出す。
「ヒント2、観光地にある」
「えっ、でも新潟って観光地が飛び飛びで、もっと密集した場所がほしい」
「建設的な意見ありがとう。でもそうじゃない」
 ワタリくんは全く分からないといった感じだ。
 じゃあ
「大ヒント出すぞ」
「待ってよ!一回答える!じゃああれだ!隠れ映え大国!」
「結局、映えにしたのかよ、でも不正解だ。ただし考え方によっては映えるかもしれない」
「考え方によっては映える?ということは派手なのかなぁ?」
「まあ派手と言えば派手かな、本来そんなモノはここにないから」
 ワタリくんは驚きながら、
「えっ? ホラーなのっ?」
「ホラーではない」
「幻術使い?」
「忍者とかいないから。じゃあ大ヒントいくぞ」
 ワタリくんはちょっと不服そうに、
「じゃあいいよぉ」
 と言ったので、反比例するかのように俺は意気揚々と、
「大ヒント、板状です」
「ガムかよ、今は風船ガムとか流行らないよ」
「いや違うけども」
「じゃあ米菓!」
「隠れてないだろ、それは」
 ワタリくんはうんうん頷きながら、
「全然隠れてない」
「ちなみにその隠れ○○の答えも隠れはしない」
「板の裏とかに隠れないのっ? かくれんぼじゃないのっ?」
「全然違う。写真映えするから」
 と言ったところでワタリくんが叫んだ。
「顔ハメ看板だ!」
 俺は満を持してといった感じに、
「正解!」
 と答えた。
 ワタリくんは目を丸くしながら、
「えっ、そうなのっ? ……あっ、でも!確かに新潟って顔ハメ看板多いかも!」
「新潟には顔ハメ看板で初めてインターネット受注を始めたお店もあるんだ」
「そうなんだ、いや隠れ顔ハメ看板大国かぁ、すごいなぁ、でもあれだね」
 ワタリくんは少し前のめりになったので、
「何?」
 と聞くと、
「その一面、もっと顔出せばいいのにね」
「まあな」

(了)

Bar どんづまり

(著者)月の砂漠

 古町通りから一本外れた路地裏のどん突きに、私のバーはある。
 店の名は「Bar どんづまり」
 私はこのバーのマスターだ。今宵も一時の酔いを求めて、様々な客が店の戸を叩く。
 ほら、今もまた、一人。

「いらっしゃいませ」
「まだ、やってますか?」
「ええ。気ままな店ですから」
 初めて見る客だった。わずかに気怠さを漂わせながら止まり木に座ったその女は、美しかった。
「何をお作りしましょう?」
「そうね。お任せするわ。私が欲しがっているものを、作ってみせて」
 女は、いたずらな笑顔でそう言った。
 試されている。私はそう思った。彼女は、私のバーのマスターとしてのセンスを見極めようとしている。あるいは、男としての。
「お見受けしたところ、一人で酒を飲むことに慣れていらっしゃるようですね」
「寂しい女と思われたかしら?」
「ありきたりのカクテルでは満足して頂けないのでしょうね」
「ええ、私、平凡は嫌いなの。お酒も、男も」
「今、お持ちしますよ。あなたにぴったりなものをね」
 経験豊富な私には、女が何を求めているのかすぐにわかった。この手の女が欲しているのは酒ではない。刺激だ。サプライズだ。私は渾身の一品を女に差し出した。
「お待たせしました。焼きうどんです」
「はぁ?」
「あなたにぴったりの、焼きうどんです」
「馬鹿じゃねぇの?」
 女は席を立ち、外に出て行った。違ったのか。焼きうどんではなかったのか。やれやれ、難しいな。女ってやつは。
 私が男女の仲という永遠の命題について懊悩していると、ドアベルがまた音を立てた。今宵は随分と繁盛しているようだ。
 入って来たのは、先程の美女に劣らない、これまた妖艶な女だった。
「まだ、開いてる?」
「あなたが開けろと言うのなら」
 女は、妖艶だがやや幼さも残していた。そのアンバランスが、かえって女の魅力を引き立てていた。
「何か食べるものある?」
「ええ、焼きうどんが」
「じゃあ、それを頂くわ」
 私は、女に焼きうどんを差し出した。無駄にならなくて良かったと胸をなでおろす。
「あなたダンディーね。私、タイプかも」
 女は私に微笑んだ。上目遣いの、かすかな媚びを含んだ視線。私のような大人はともかく、未熟な男なら動揺してしまうだろう。
「あ、あり、ありがががとうございます」
「あら、照れてる。かーわいー」
「お、おたわむれを」
「煙草吸う?」
「い、いただきます、熱っ!」
「驚いた。火の着いてる方を吸うのね」
 私はせわしなく煙草を吹かしながら、懸命に心を静めた。ふっ、いかんいかん、私としたことが。こんな小娘に翻弄されるとは。
「マスター、お名前は?」
「私は、マスター、ですよ」
「マスダさん?」
「マスダではなく、マスターです。いや、あの、本名はちゃんとあるんですが、みんな、私をマスターと呼ぶものですから」
「冗談よ。そんな必死になって説明しなくても平気よ。うふっ、かーわいー」
「ど、どうもありがとうございます」
「私のこと、おかしな女だと思ってる?」
「い、いえ。そんなことは」
「私、いくつに見える?」
「ええと、そうですね」
 その女は三十手前くらいに見えた。だから私はわざと、少し若い年を言った。女性を喜ばせるテクニックの初歩中の初歩だ。
「二十五歳くらいでしょうか?」
「あら、嬉しい。私、六十二歳よ」
「ええっ!?」
「楽しかったわ。また来るわね、マスター」
 焼きうどんを三口で食べ終え、還暦過ぎの女は颯爽と去って行った。

 古町通りから一本外れた路地裏のどん突きに、私のバーはある。
 店の名は「Bar どんづまり」
 私はこのバーのマスターだ。今宵も一時の酔いを求めて、様々な客が店の戸を叩く。
 ほら、今もまた、一人。
                 【了】

新潟にトキを見に行く

(著者)七寒六温

もし今 君が、幸せになりたいなーとか人生に悩んでるなーって思っているなら、いいことを教えてあげるよ。

大学時代に、一部界隈で噂されてた話で、言い出しっぺは誰なのかは知らないんだけど、

新潟でトキを見ると幸せになれるんだって……

何だその話、ホントかって疑ってかも知れない。まあ、こっちも疑われる覚悟で話してるんだけど、これがさ、かなり信憑性が、高いのよ。成功した事例も複数あるしね。

例えば、ナオキ。
ナオキってやつは、彼女が欲しい、欲しいってずっと言っていたんだけど、新潟に行って、トキを見た2ヶ月後に、めっちゃくちゃ美人の女子大生に告白され、付き合うことになった。彼女が欲しい欲しい行ってた人間が、女子大生の方から声を掛けられたんだぜ、すごいと思わない?

就活で悩んでいた松岡さんって可愛らしい顔した子がいたんだけど、その子は、トキを見た3ヶ月後、誰もが知っているような超有名企業の会長のご子息を道端で助け、就職先、決まってないんならうちくる? って声を掛けられ、スカウトのような形で就職先が決まったらしい。

トキを見てから2人とも、確実に運気上がってるよね? 望んでいたものが、向こうからやってきたんだからさ、すごいよね?
他にも、大きいものから小さいものまでたっくさんあるんだけど、全部挙げるとなると、きりが無いからさ、これくらいにしとくね。

え、そんな言うなら、お前は見に行ったのかって?

それね~僕は行ってないの。

えっ? なんで俺は見に行かないかって?
それは、俺は当時から悩み事なんてなかったし、ずっと、幸せもんだから……
自分の人生に満足しているから、トキを見に行く必要ないんだよね。それなら、俺よりも本当に必要としている人に見て欲しいじゃんっと思って。

まあ、全て信じなくてもいいけどさ、1つの噂話として頭の中に入れといてよ。
トキを見に行きたいって思った時は、俺に言ってよ。チケットは用意するし、さらに運気が上がるとされているアイテムも貸すからさ~。

まあ、考えといて。
いつでも話聞くからさ、お疲れ!

***

こう話していた友人Sは、2ヶ月後、詐欺罪で逮捕された。

とはいえ、彼の話はあながち間違っていないのかも知れない。だって、彼はトキを見に行かなかった。トキを見に行っていれば、彼にも幸せが訪れたかも知れないのに。

ベストフレンド

(著者)七寒六温

同じ大学に通っている友人に、
「今日の朝ごはん、何だった?」
と尋ねられたので、

「あ~ 今朝は、食パンとベーコンだけど」
と答えると、その同級生は、日本語を流暢に話すチンパンジーを見つけた時のような顔で驚く。

そ、そんなに驚かなくても。
いうても僕は、地方から上京してきた大学生なもんで、バイトをしておらず親の仕送りで生活している身なため、朝は今日みたいに安く、軽く、済ませるんですよ。安そうな朝飯……安朝飯(やすあさめし)で悪かったな。

そう、僕は安朝飯が原因で、同級生は驚いたのだろうと思ったのだか、違った。

「お前でも、パン食べるんだ~」
パン? 
友人は、僕がパンを食べたことに驚いたようだ。
えっ? でも、そんなに驚くことなのだろうか。別に普通の行動だが。

「何が? そんなおかしなことかな~?」

「いや~お前でもパン食べるんだな~って。米だけしか食べないと思ってた」

……確かに僕は、お米が美味しい新潟で、美味しいお米に囲まれて育ちましたよ。
ご飯派か、パン派かって聞かれたら、勿論ご飯派だけと、パンを食べないわけじゃない!

「食べるよ、食べる。俺のこと何だと思ってるの?」
「新潟生まれ新潟育ちの人間は、お米だけ食べているわけじゃないのよ。だってそうでしょう? その理論だと香川県出身の人はうどんだけを食べることになるでしょ?」

「そっか……」
「よかった~俺はさ、お前のこと大切な友だちだと思ってたからさ、ずっと友だちでいたいな~と思ってたんだよ」
「だけどさ、ウチ、実家パン屋でさ、そのことお前に話したら、嫌われたり、敵視されるんじゃないかと思って」
「実家のパン屋の話はおろか、パンの話も極力避けてきたんだよ」
「あ~ よかった~ 米だけ食ってるマンじゃなかったのか~」

「だ、大丈夫だよ、そんなことで君のことを敵だとは思わないし、嫌いにもならないよ」

「まじか、よかった~」

「でもね、お米食べてるマンの僕から、1つだけ言わせて……」
「米じゃなくてお米ね、もしくはご飯」

お米のことを、軽々しく米と言う行為。
……それだけはいくら友人でも許せない。

だって、お米は生まれたときから僕のそばにいてくれたベストフレンドだから。