ふるさと候補

(著者)水菜月


「もう帰ろう」
 唐突にそう思ったが、考えてみたら帰る場所なんてなかった。
 生まれてからずっと同じところに住んでいる。ただ空を見上げたらそんな気になっただけだ。

 地方から東京に出てきた友人を思い浮かべてみた。
 佐々木は福岡出身で、頑なに博多弁を使い続けている。暑苦しい程に地元への愛が強い。九州男児が皆あいつみたいではないだろうが、強烈な個性となっている。

 東京都民であるというだけで「お前はいいな」と言われる。
 東京といっても色々あるんだ。僕の住んでいるところは東京とは名ばかりで、都会でもなく、かといって田舎でもない、何の特徴もない中途半端な場所だ。
 遊びに来た友人は言う。「うん。何の変哲もないというか、時を止めてるというか、案外そんなもんなんだな」と。反論する余地はない。まるで僕のことを言われているかのようだ。

 人は自分にないものにあこがれる。僕には帰るべき故郷《こきょう》がない。だから何かあったら戻れる場所がある人がうらやましくなる。

 僕に「ふるさと」はない。でも本籍地みたいに自由に選べるなら、もし誰もが勝手に故郷を決めることができるなら、僕はどうするだろう。
 たとえば、記憶の中になつかしいものがあることを郷愁と呼ぶように、或いはあの時代が僕にとってそうであったなら。

 子どもの頃、毎朝犬の散歩に公園に行くと、細長い麦わら帽子を被って体操をしているおじさんがいた。ラジカセから小さく音を鳴らして一心不乱に動く姿を見て、変わった大人だなと思っていた。

 そのおじさんは夏になると、朝だけじゃなく夜に見かけるようになった。近所の夏祭りの練習で、踊りを教える人になったからだ。
 僕はその時はじめておじさんの声を聴いた。深くて落ち着いたいい声だった。と言っても武士のように言葉少ない説明だったが。
「まあ、見よう見まねで踊ってくれたらいいんです」

 それが、僕がはじめて出会った盆踊り「佐渡おけさ」だった。僕の中にずっと刷り込まれているもの。
「坊主、筋がいいぞ。いい足さばきだ」
 朝、隣で真似をしてみたら、おじさんがほめてくれた。一緒になって黙々と行ったり来たりを繰り返す。
 ちょっとした修行気分で、踊ることが楽しくなった。夏が来るのが待ち遠しかった。

 だが、おじさんはいつの日か見かけなくなってしまい、田舎に帰ったという噂だった。おじさんがいなくなってからも、夏祭りはなんとか続いていた。

 祭りで踊られる曲は、時代に合わせて少しずつ代わっていく。でもなぜだか「佐渡おけさ」は必ずかかる。
 おじさんがいなくなっても、誰も佐渡に縁もゆかりもなくても、ここではそれがスタンダードになっていた。

 2020年。家から出るだけで危険な時代が来るなんて誰が想像しただろう。
 もちろん夏祭りなんて不要不急のものは真っ先に中止だ。
 会社に行くのも、息をすることも、何もかも嫌になってどこかに逃げ出したくなったが、それすらままならない。此処ではない何処かをひたすら求めた。

 そんな時、偶然ある動画を見た。
 聞き覚えのある音色だった。強烈になつかしいその音を聴いて画面を見たら、一人のおじいさんが踊っていた。

「佐渡おけさ」のおじさんだ! 
 今なら知っている。つぶれた麦わら帽子は「おけさ笠」という。
 あの頃も笠を被っていて顔なんてよく覚えてないけど、でも踊り方があのおじさんだった。独特な足の運びと優雅な腕づかい。忘れはしない。
 年をとっておじさんよりおじいさん寄りになってたけど、変わらずに闊達《かったつ》で武術のような踊りだった。故郷に帰ってからも、やっぱりずっと踊っていたんだ。 

 まるで波だった。身体から繰り出すうねりがザブンと音を立てる。
 その海は、自分と繋がっている気がした。いつか行ってみたい、いや、帰ってみたいと思える場所。僕の中でいつしか波打っていたものがそこにあった。

 夏が来る。また盆がやって来る。どこからかふと線香の匂いが漂ってくる。
 だが、しばらくは夏祭りどころではないかもしれない。

 でも。
 ねえ、おじさん。僕たちはまだあの曲を踊っています。いつかまた行き来できる日がきたら一緒に踊りましょう。あなたの存在が僕のふるさとみたいなものだから。

 おじさんと練習した公園には、夏でも日影を作ってくれる大きな木がある。そこから今年はじめての蝉の声がした。あの日と変わらない、元気な鳴き声だ。