(著者)尾見苑子
おはようございます。こんにちは。こんばんは。いつお読みになられるか分からないので、思いつく挨拶を並べてみました。
ぴったりなものはありましたか。もしどれでもなかったらごめんなさい。
さて、まず自己紹介からはじめましょう。わたしは早坂といいます。早坂まりこです。
このままでは味気がないので、少し昔話をさせてください。
わたしは内遊びが好きな子どもでした。たとえば読書、たとえば折り紙、たとえばお絵かき。ご存じのものはあるでしょうか。
とくに、本を読むことが好きでした。まわりの皆が音読をする中、わたしだけは黙読ができたのです。頭の中で文字を追う。大人になるとできるのは当然のように思えますが、これとっても難しいことなんですよ。
なんて、話が逸れてしまいました。お察しの通り、内遊びは好きでしたが、だからといって自分の世界に閉じこもるでもなく、非常におしゃべりな子どもだったのです。
一人娘のわたしは、休みのたび両親によって連れ出されました。夏は潮風香る海、木々が鮮やかに揺れる山。冬は顔が映るほどぴかぴかに磨かれたスケートリンク。
その中でも、特に思い出深いのは苗場のスキー場です。はじめて訪れたときのことは忘れられません。ホテルを出るなり真っ白な空間で視界が埋め尽くされ、目がおかしくなったのではないかと瞬きを繰り返しました。
いつかの童話で、悪い魔女がお城に魔法をかけ、吹雪の中に閉じ込めてしまう話があったのですか、まさにそれです。恐々と吐き出した息までもが白く染まり、ゾッとしたことを覚えています。
けれど、そんな不安は父の足の間で、数回斜面を滑るうちに絆されていきました。ガラスの靴ではありませんでしたが、無骨なシューズはあつらえたようにしっくりきました。
母は麓で微笑み、そろそろ降りていくわたしを迎えてくれました。冷気で真っ赤な頬を手袋で挟まれると、あたたかいと思いました。
そのときにわたしは、美しいものは、その美しさに比例して恐ろしいのだと知りました。
真っ白な空間は、何ものにも替えがたく綺麗でした。だからこそ、わたしは最初に恐怖を感じたのです。
そして、その場所を何より愛しく思うようにもなりました。
すみません。少し文字が滲んでしまいましたね。久しぶりに二人を思い出したためです。
本題に入りましょう。
この手紙は、お願いなのです。祈りととらえてくださっても構いません。
どうか、いまのわたしたちに、いえ、主語が大きいのはあまり良くありません。わたしに、あのスキー場を残してください。
情けない話ですが、気がついたとき、もう取り返しはつきませんでした。
技術の発展と引き換えに、冬の始まりは遅くなり、終わりは早まりました。一冬の雪量は減りましたが、一晩の雪量は増え、雪害と呼ばれる災害が年毎に増加していきました。
そして、数年前に起きた積雪事故をきっかけに、それがなくても本来の機能を失っていましたが、ついに、わたしの大好きなスキー場は取り壊されてしまいました。
残念で、かなしくて、つらくてなりません。
そこでわたしはとある決意をしました。さきほど「技術の発展」と申しましたが、そのひとつがこれです。なんといえば言いのでしょう。タイムマシンといえば伝わりますか。
わたしには子どもがおりませんので、財産のほとんどを使い、ようやく三〇グラム分の権利を購入することができました。
手紙一通分です。場所も指定できるそうなので、いつか宿泊した、スキー場に面したあのホテルのフロントにいたしました。
手紙を拾われたあなた。お客さんでしょうか、それともスタッフの方でしょうか。あの時のわたしと同じくらいの幼子かもしれませんね。
白寿を迎えた私より、この手紙が少しでも胸に止まれば嬉しい限りです。