ベッカム隊長(著者)
去年のGW、久々に北国街道の歩き旅に出かけ、関山神社に到着した。
境内の正殿の階段に腰掛け、汗を拭ってぼんやりしていると不意に、40年ほど前のことが甦ってきた。
大学の先輩から、
「妙高山に登るルートにゴンドラリフトが設置されたから、夏にちょっと行ってみねぇか!?」
と誘われた。ゴンドラに乗って一気に山を登るなんて、ヨーロッパみたいやなぁ・・・と思いを馳せると夏が来るのが愉しみで仕方なくなった。
8月に入るとすぐ出かけた。
天気は快晴。景色は絶景。山頂駅から天狗堂を通過して登頂し、帰りは燕に降りて、温泉に入ってひと息つこう!というのがコースだった。だけど、登頂するちょっと前から先輩の体調がおかしくなり、
「俺、ゴンドラリフトで降りて帰るわ」
「じゃ、オレもそうします」
「バカ野郎、お前は燕へ行ってチャンと温泉に浸かって来てくれ!」
「そんな」
「本隊は常に目的を達成することが登山のルールなんだからさ」
よく言うぜ、と思ったが、そんなふうに言われると行かないわけにはいかなかったし、行きたかった。
先輩とは天狗堂で別れ、ひとり燕温泉を目指した。
ところがその頃から天候がおかしくなり始めた。風が吹き出し、霧が出て、雷が鳴り出した。どこかで道を間違えたりしたらどうしよう。不安が不安を膨らませ、雷鳴と雨風に叩き付けられながら、這う這うの体で燕温泉に辿り着いた。
旅館の入り口でゴアを脱いだら、迎えてくれた女将さんが壊れかけた折り畳み傘と一緒に乾燥室の方に持って行ってくれた。親父さんが、
「すぐお風呂に入って暖まりな」
チェックインの手続きもしないまま、半地下にある風呂場に向かったのだった。
翌朝、雨は上がっていた、でも歩き出したら、またパラパラと降って来て、折り畳み傘を出した。
「?」
その瞬間、ハッとした。
傘を留めるボタンがちぎれていたのに、付いている。
ハッと思ってバッグに仕舞ったゴアを取り出しチャックのところを確かめた。
「!」
いかれていた箇所が直っている。
「??」
夜中、自販が、千円札が使えないものだったので、両替して貰おうと思って下に降りた。
女将さんの、
「そんなとこで寝ちゃったら風邪ひくよ」
と御主人に呼びかけている声がした。すると、
「寝とらんよ」
愚図る子どものような声音で言葉を返すやり取りが微笑ましかった。
遠い昔、田舎の両親が毎夜繰り返していた光景と同んなじやな、と思うと、なんだか急に故郷が恋しく思われた。
管理人室に声をかけるのが憚られ、部屋に戻ろうかどうしようかとちょっと逡巡した瞬間、揺れたカーテンの隙間から女将さんが何か繕い物をしているのが見えた。
もう両替なんかええわぁ、と部屋に引き返した。
もしかしたら、あの時繕ってくれていたのがオレの折り畳み傘とゴアのチャック・・・。
宿に戻ってお礼を言おうかなぁ、と思いながらも私の足は関山駅に向かう坂道を止まることなく下って行った。
「40年か・・・」
思わずため息が漏れた。
いつかお伺いして、と思っているうちに日々が過ぎてしまった。
これから燕温泉に行って、あの宿を探してみようか・・・。
歩き疲れてこの神社の正殿でひと休みして、駅に向かったことが蘇えって来た。
関山神社の境内で、木洩れ陽が揺れている。
まるで今と昔が交錯しているかのように。