悪魔とすし

大野美波(著者)

 オレはモブ。本当のなまえはナンバーA503。悪魔である。人間の世界では出世コースにのれなかった労働者を『まどぎわ』というらしいが、それを言うならオレはまどぎわ悪魔だ。他に優秀な悪魔はごまんといる。今日も仕事は夜からにして、昼は遊びほうけよう。オレの姿は人間そのもので、本来の姿になっても羽が生える程度であまり悪魔っぽくない。大柄なのがとりえと言えばとりえだ。特殊能力は飛ぶことと、人間の心をよむことと、万が一人間界でいざ大きな事件をおこしてしまったときのため、人間の記憶を消す力など、他の悪魔と変わらない。
 「よしえちゃん、今彼氏と別れてさみしいんでしょう」
 「わかる?」
 オレは『まどぎわ』なのでこれらの特別な力もたいてい女をひっかける時に使う。
 「じゃあオレのとっておきのやつみせちゃおうかな」
オレはコインを取り出した。そしてコップをさかさまにしてテープルに置き上にコインを乗せた。その上におしぼりを置いて、上からおした。
 『カラン』
 いい音がしてコインがコップをすり抜けテーブルに当った。すごーい。感心したようによしえちゃんはいうが、これも悪魔の力だ。せっかくいい雰囲気になってきたのに通信機器から連絡が入った。明日の食材が足りないから調達してくるようにということだった。オレは舌うちして通話を切ると席にもどって行った。
 そして夜適当に入った店でいいターゲットを見つけた。会社でミスをして落ち込んでいる男、佐藤航。素直で正直な性格だ。彼ならついてきてくれるだろう。
 オレの故郷は魔界4番地だが、新潟出身だと言う佐藤に話を合わすと意気投合するのに時間はかからなかった。しかし、この男妙なクセがある。すしにしょうゆをつけないなんて、考えられない。
 回転ずしに行こうということになって外に出た。人間は寒そうだったが、魔界はもっと寒い。だんだん店が少なくなって、山道に入った時、さすがに警戒されるかなと思ったが、多少不思議に思ってるくらいだった。と、そこを黒猫がよこぎった。あれは使い魔503。通称にゃんにゃんだ。オレが仕事をしてるか不安になって、店長がよこしたのだろう。クッ。いらぬまねを。さすがにここまで来て帰れはしないだろうが、人間は案外敏感だ。にゃんにゃん早く立ち去れ。
 おっと大切なことを忘れてた。
「おまえさん、塩はもってないだろうな」
 佐藤はそんな変人じゃないと多少気分を害したようだ。もってなければいい。以前、偶然塩をもっていた客を紹介してしまい、大騒動になったことがあった。思えば、それが『まどぎわ』になったきっかけだったのかもしれない。
オレは悪魔にむいてないと思う。本業に手をだすより、人間のおねぇちゃんと遊んでいた方が楽しいし、なにより魔界に帰って、ジグソーパズルという人間界の遊びをするのにハマっている。人間界でもできるが、あれは室内の遊びた。ザ・インドア。ザ・魔界。ザ・働きたくない。がまどぎわなりに仕事をしないとくびになってもっといやな仕事を押し付けられる。それだけは勘弁。
ほっと息を吐く気配がした。寿司屋の明かりに安心したのだろう。うまく仕事をこなせてオレも安心した。ありがとう。佐藤航。
こいつには食えない。オレは確信がある。

ガラガラと寿司屋に入って、佐藤は目のまえの状況を理解して、というか、お品書きを見て固まった。
『肛門のユッケ』
『貴婦人のモモ握り』
『赤ちゃんの舌』
ここでは寿司を食べる人は客で食べない人は食材だ。
そのことを告げると佐藤はさらに固まった。これで仕事終了。佐藤を店長に任せて帰ろうとした時だ。
ばぁさんがうぉーっという勢いで入ってきた。髪を逆立て塩をまいてる。
「ばあちゃん!」
佐藤は驚きながら、しかし確実にすし屋から出た。
「航に手を出すのは許さん!」
いつのまにか佐藤もばあさんも消えていた。

 ただそこには草むらだけがあった。

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