(著者)トシツグ
カタン、キィ。シュ、コトン。
カタン、キィ。シュ、コトン。
ゆらゆらと揺れる蝋燭の頼りない灯(ともしび)の傍らで、夜は一層、鳴りを潜めた。
私が動かなければ、きっと耳が痛くなる程、静かな夜。
飴色のいざり機(ばた)。踏み込みの動きに合わせ、苧麻(ちょま)の糸が心地良い音を縫い続ける。
切れぬように解(ほつ)れぬように。
繰(く)る繰(く)ると絡まる糸を止め、はみ出た箇所を整える。
目に、じんと熱が籠もる。
やれ、一息、吐くか。
縁側には、母さんが煙管と熱燗を用意してくれていた。
気付くのが遅くて、随分ぬるくなってしまっているけれど。
湿りを帯びた夜気に顔を上げると、
雲の縁を白銀に照らして、月が見下ろしていた。
何とも、贅沢な眺めだ。
おまけに草木も眠る時刻ともなれば、邪魔する音も無いもので。
良い夜だ、と猪口をつまむ。
注いだ液体は淡く、月の色を映したようだ。
口の中にとろりと流れ込むと、甘味がふわりと香った。じわり、身体が熱くなる。
土地で採れた米の、土地の酒。
あぁ、やはり身体に合ったものは良い。
種火がぼうと仄かに光る。重い空気に、ほんのり口が暖かい。こんな時間が私は好きだ。
霞む紫煙の漂う先を目で追いかける。
どこまでも伸びていく雲の出来損ないみたいなそれは、障子のあたりで溶けていった。
その奥にある、いざり機。
昨年旅立った祖母の姿が今も、そこに在るように思える。
「おまんもこの音好きかえ?」
まだ幼かった私は、祖母といざり機の奏でる音が好きだった。
「婆ちゃんの母さんも、そのまた母さんも、こうやって反物織ってきたんよ。おまんもじきに母さんに教えてもらいな」
灰吹(はいふき)に、火種を落とし立ち上がる。
もう少し、やろう。
改めて向き合うと、やはり、美しい。
この子は良い反物になる。いや、する。
したいのだ、私が。
渡された束は柔らかく、しなやかだった。
けれども、いつだって渡すのは、細かい傷で覆われた、硬く優しい手。
たわやかに育った二番芽を青苧(あおそ)にするまで。
苧績(おう)み、絣(かすり)くびり、染めに、ほどき。
どれほど手間をかけたことだろう。
私なんかが、無駄にできよう筈がない。
だってこんなに糸(いと)愛(お)しい。
この子を着る誰かがそれを知ることはないかもしれない。けれど。
優しい人から大切な人へ。
「おめでとう」とか、
「ありがとう」とか、
「愛しているよ」とか、
そういう気持ちと一緒に、この子が渡される。
考えるだけで、満たされてしまうよ。
急(せ)くわけではないけれど、どうにも、抑えようがない。
その時のために、精一杯の美しさを、この子に持たせてあげたいんだ。
ピンと張られた経糸(たていと)に緯糸(よこいと)を渡す。
カタン、キィ。シュ、コトン。
カタン、キィ。シュ、コトン。
きっとこの子もあと少しすれば冷たい雪の上に広がって、この土地の冬を彩る。
細かいシボを刻みながら、雪のように肌に馴染む、
それはそれは、見事な縮(ちぢみ)になる。
待ち遠しくて、また、杼(ひ)を滑らせる。
(著者)トシツグ