(著者)烏目浩輔
自宅のPCでダラダラとネットサーフィンの最中、僕はたまたまそれを見つけて視線を止めた。モニターに映しだされた文字をぶつぶつと読みあげる。
「にいがたショートストーリープロジェクト……」
僕は数年前からのらりくらりと小説を書いているのだが、その趣味が高じていくつかの作品が書籍化されたこともある。素人の作品を世に送りだしてくれた出版社には足を向けて眠れない。ただ、最近はなんとなく書く気になれず、これといった物語を書いていない。どういうわけだかやる気が目覚めてくれないのだ。
一応はなにか書いてみようかと考えてPCの前に座ったりもする。しかし、結局はネットの海をぼんやりと漂うだけになる。
そんなときに僕は見つけたのだった。『にいがたショートストーリープロジェクト』なるものを。
あなたの綴る短編小説、掌編小説を広く募集します。条件は一つ。作品に新潟のエッセンスを加えること。舞台が新潟。新潟出身の主人公。新潟の名物や名産を盛り込むなど、ちょっとでいいので新潟のエッセンスを入れてください。
公式サイトをのぞいてみるとそう明記してあった。新潟を題材にした二千文字前後の短編小説を募集しているらしい。
僕は生まれも育ちも関西で新潟のことはよく知らない。正直言ってあまり興味もない。だから小説を書くつもりがなかったし、ネットで調べたのはただの暇つぶしだった。新潟にはなにがあるのか、新潟はどんなところなのか。
すると、予想外で驚いた。見たこともないような絶景が検索結果にあがってきたのだ。
湖沼の周辺に新潟の原風景が広がる福島潟(ふくしまがた)。雲海が山の稜線から滝のように流れ落ちる枝折峠(しおりとうげ)の滝雲(たきぐも)。田園の水鏡に無数の星が映りこむ星峠(ほしとうげ)の棚田。
PCのモニターに見とれていると、背後で感心するような声が聞こえた。
「へえ……綺麗……」
振り返ると妻がいた。妻もモニターに映る新潟の絶景に見とれていたらしい。
「それ、日本やんな? どこなん?」
「新潟」
「新潟って米だけとちゃうんや。そんな綺麗なところがあるんやね」
僕は「そうみたいやな」と頷いた。それから「意外やわ」とつけ足した。
「いつか新潟にいってみたいね」
「そやな。コロナが落ち着いたら旅行にいってもいいかもな」
妻がどこかにいったあとも、僕は新潟の絶景を見つめていた。それから『にいがたショートストーリープロジェクト』の公式サイトをもう一度開いた。
新潟にいったことのない関西出身の僕が、新潟を題材にした小説なんて書けるだろうか。そんな迷いを抱きながらも、なにか書いてみたいと思いはじめた。
新潟のエッセンスさえ含まれていれば、ジャンルは特に問わないらしい。現代、時代、恋愛、推理、サスペンス、SF、童話――さて、どんな物語が書けるだろうか。
しかし、不思議なものだ。まったくやる気が出なかったというのに、急に書きたいという衝動がふつふつと湧いてきた。おもしろいものが書けるかは別の話として、書くという行動に意欲がこもりはじめた。
ともあれ、だいたいの物事がこんな感じかもしれない。ちょっとしたきっかけで急に前に進みはじめる。そういうことが往々にしてあるはずだ。
たとえばPCで新潟について調べてみる。小さな一歩を踏みだすことで、先になにかが見えたりする。そして、新たな可能性が広がる。
はじめの第一歩は小さくても、とにかく踏みだしてみるべきだ。踏みだしさえすれば、なにかが変わるかもしれない。
いや、そんなことよりも――。
PCのモニターを睨(ね)めつけながら、僕は腕を組んで小さく唸った。
「んー……」
やる気はおかげさまで充分に出てきた。だが、物語のアイデアはそう簡単には出てこなかった。