私はコメ子

(著者)如月芳美


私の恋は花が咲く頃に始まった。
同じ株の隣にぶら下がっているコメ太郎に一目惚れしたの。
私たちが恋に落ちるのに時間はかからなかったの、だって隣にいるんだもの。
「ずっと、ご飯になっても一緒だよ」
「一緒にお寿司屋さんに選ばれる米になりたいわ」
私たちは毎日愛を語り合ったの。
でも二粒は籾(もみ)になった時、離れ離れになってしまった。

私は米袋の中で泣き暮らしたわ。来る日も来る日もコメ太郎を想って。
時は無常に過ぎてゆき、私は精米される日が来たの。
もうきっと会っても私だとは判らなくなる。
彼の事はきっぱり忘れて、新しい米生を歩まなくてはならないわ。

精米されて一皮むけた私は、文字通り大人のコメになったの。
もう過去は振り返らない。前だけを見て進むわ。

私は念願叶ってお寿司屋さんに運び込まれたの。
コメ太郎、私、お寿司屋さんに来たのよ。
あなたの分も立派なシャリになって、魚沼産コシヒカリの実力を見せるわ。

私はたっぷりのお水で炊かれて、ツヤツヤのモチモチのふっくらした、それはそれは美しいご飯に炊いて貰ったの。
「さ、仕上げだぜ。特製の寿司酢をまぶしてやるからな」
職人さんの声が弾んでる。
何かしら、この香り。初めてなのに懐かしさを感じるわ。
寿司酢に抱かれた私はハッとしたの。誰かの声が聞こえる。
「コメ子、コメ子、僕だよ、コメ太郎だよ」
「えっ! コメ太郎? どこ、どこなの?」
「ここだよ、今、君を抱きしめているよ、わかるかい?」
「判らないわ、でもあなたを全身で感じるの」
「僕は酢になったんだよ、コメ子、これからはずっと一緒さ」

私たちは一緒に職人さんに握って貰ったわ。
こんなところで会えるなんて。
「約束したじゃないか。ご飯になっても一緒だよって」
「そうね。食べられるときも一緒ね」
傍でガリが仄かに頬をピンクに染めながら私たちの会話を聞いているわ。
「俺この二人の上に乗っかるのイヤだよ~、とろけそうだよ~」
って言いながら、中トロは大トロになっちゃったの。
「ご馳走さま」