著者) 圭琴子
「はい、出来ましたよ」
着付けもしてくれる美容院で、ヘアセット、ネイル、メイクと共に浴衣も着せて貰い、鏡の前に導かれた。
「うわぁ……」
思わず、声が漏れてしまう。感嘆の声だ。鏡の中の自分は、別人みたいに綺麗だった。
(これで髪が黒かったらなあ)
和音(かのん)は、生まれつき髪が茶色いのがコンプレックスだった。同級生たちには羨ましがられたが、高校のとき『生まれつきの色』と学校に認めて貰うまで、親も巻き込んで三ヶ月かかった。
ついでに言えば、『和音』という名前もそうだ。もっと日本人らしい、『子』とか『美』が最後に付く名前だったら良かったのに、と思ってしまう。
和音は更衣室を出て、先に着付けを終えて待っていた浩樹(ひろき)の前に出る。彼も明るく声を上げた。
「うお、和音、すっごく綺麗。かんざしもめちゃ似合ってる」
「ありがと。でもやっぱり髪、黒く染めた方が良かったかなあ?」
和音のコンプレックスを知っている浩樹は、笑って彼女のセットされた前髪を撫でた。
「大丈夫だよ。和音は、茶髪でも黒髪でも可愛い」
二人は笑顔を見交わして、信濃川に向かうのだった。
大学の夏休みに海外に行く友人も多かったが、浩樹と和音は新潟を選んだ。日本一、いや世界一とも言われる長岡花火が観たかったからだ。
浴衣でカロンカロンと下駄を鳴らし、手を繋いで混雑し始めた道を往く。
河原には簡素な長椅子が、見渡す限り設置されていた。指定席に並んで座り、屋台で買った林檎飴など舐める。
浩樹の隣には背の高い男性が座っていて、和音と目が合うと、人懐こく歯を見せた。薄暗い中にも金髪だと分かって、和音は思わず身構える。
「コンバンハ」
「あっ、今晩は」
浩樹が応えている。
「楽シミデスネ」
「はい。僕ら、初めて観るんです」
「オー! 私ハ、第一回カラ観テイマス」
「へえ~。凄いですね」
和音は、ホッと胸を撫で下ろした。容姿から、外国人に声をかけられることがたびたびあるのだが、英語は話せないからだ。彼が日本語で話しかけてくることに安堵して、和音も会話に加わった。
「今晩は。お国はどちらですか?」
「英国デスガ、神父トシテ、長ク日本ニ住ンデイマス」
「だから、一回目からなんですね」
「ソウデス。焼キ鳥、食ベマセンカ?」
「良いんですか? あ、じゃあ、僕らお酒買い過ぎたんで、ワンカップと交換で」
「オー、オ酒、久シブリデス! アリガトウゴザイマス」
浩樹と男性が、和やかに物々交換している。
やがて、花火大会が始まった。音楽と共に、打ち上げ音が大音響で河原に響く。色鮮やかだったり、とてつもなく巨大だったり、ひとつとして平凡なものはなかった。
世界一と言われるだけあって、「復興祈願花火フェニックス」とアナウンスされた演目は、開花幅が視界に収まりきらないくらい、圧倒的なスケールのスターマインだった。幅、数キロはあるに違いない。
夢のような時間が過ぎて、音と光の饗宴が終わると、周囲がざわざわとし始めた。硬いものを折るパキッという音があちこちで響いたかと思ったら、沢山のサイリウムの花が咲く。対岸にも灯り、カラフルな蛍のように美しい。
隣を見ると、男性も古ぼけた大きな懐中電灯を振っていた。
「それ、何ですか?」
浩樹が訊くと、男性は対岸に揺れる光を観ながら言った。
「花火師サンニ、アリガトウヲ伝エテイルンデス」
「へえ~! 僕らも持ってくれば良かったな」
「うん。来年は、持ってこよう」
すると男性が、終了のアナウンスを待たずに、立ち上がった。
「もうお帰りですか? 楽しかったです。あの、これ。良かったら連絡ください」
浩樹は、オフ会などで渡す、SNSアカウントが書かれた名刺を渡す。男性は微笑んだ。
「アリガトウ。浩樹ト、イウンデスネ。私ハ、ジョーデス」
「ありがとうございました、ジョーさん!」
と、二人で手を振って別れたのが、さっきのことだ。
ホテルに帰ってくつろいでいたら、LINEの着信音が鳴った。
『浩樹、楽しかったです。和音をよろしく』
差出人には、『ジョー=船戸=スミス』の文字。それを見て、和音はあっと息を飲んだ。彼女のコンプレックスは全て、ひいお爺さんの代に婿入りしたという、その名前の男性からきていた。
再び着信音が鳴る。
『和音、君は美しい。胸を張って生きなさい』
そのLINEに返信しようと小一時間二人で格闘したが、ついにそれは叶わず、いつの間にかメッセージは消えていた。
和音が母にその不思議な体験を報告したら、こんな返事が返ってきた。
『お爺ちゃんはね、長岡空襲で亡くなったんだよ。長岡花火はその翌年から、慰霊のために始まったの。だからきっと、和音に会いに来てくれたんだね』
それから毎年、浩樹と和音は長岡花火に通ったが、二度と再び彼に会うことは出来なかった。
「丈(じょう)、何処に行ってたの? 手を離しちゃ駄目だって言ったでしょ」
「あのね、これもらった」
「えっ、誰に?」
「ぼくと、おんなじなまえなんだって」
初めて三人で新潟を訪れた夜、そう言って小さな方の『ジョー』は、チョコバナナをかじって花火みたいな笑顔を見せた。