(著者) 圭琴子
SNSの普及で、最近は『顔を知らない』『名前を知らない』『何処に住んでいるのか分からない』友人というものが増えてきた。
私のフォロワーさんは、三百人弱。ひと言も交わしたことのないひとも居れば、毎日冗談を言い合うひとも居る。
広告代理店で働く私は、時々SNSでも企画をするのが好きだった。年末のお歳暮の季節、ふと思いついたことがある。思い立ったが吉日。私は、スマホに指を走らせた。
『値段を決めて、お歳暮を贈り合いませんか? 地元の名産品なんかどうでしょう。興味のある方、リプください』
いいねが、ポツリポツリとつく。でもリプはない。お風呂に入ってから確認したら、DMが一通届いていた。
差出人は、『ひろりん』さん。たまにいいねをくれるひとで、特に親しいという訳ではなかったから、意外だった。
『今晩は、アビさん。お歳暮企画に興味があってDMしました。二千円くらいならぜひ参加したいと思うのですが、いかがでしょう?』
うん、ちょうどいい額だな。すぐに賛成の返事をして、盛り上がる。ひろりんさんは、楽しいひとだった。
『ちなみにわたし、群馬です。まさかと思うけど、かぶったら目も当てられませんね笑』
『お! ニアピンですね! 私、新潟です。確認しておいて良かったですね。お隣とはビックリ』
夜遅かったので、その日はそれくらいで話を終わらせ、就寝した。
ひとに贈るプレゼントを考えるのは、楽しいものだ。あれこれ調べて、二千円前後の名産品を探す。嫌いなものや嗜好品をお互い確認すると、自然と候補は絞られた。
ひろりんさんは、甘いものが好きだという。それなら、選択肢はひとつだ。
新潟銘菓、笹団子。越後の上質米を原料に、ヨモギを加えた餅につぶあんが入った、もっちり美味しいお団子だ。それを香り豊かな笹の葉で包んだ、歴史ある和菓子。
冬だからクール便じゃなくても良いかな、などと考えていたら、ひろりんさんからDMが届いた。
『アビさん、わたし、出張で新潟に行くことになりました。もしよかったら、直接手渡ししませんか?』
仕事中にも関わらず、笑ってしまう頬をこらえて返信する。
『良いですね! 私はその日休みなので、狭いんですがうちにご招待しますよ。まだ宿が決まっていなければ、泊まっていってください』
ひろりんさんは、喜んでその提案を受け入れてくれた。
待ち合わせは、新潟駅の新幹線コンコースにある忠犬タマ公像前。
十九時半。帰宅ラッシュで、たくさんのひとが通り過ぎていった。
……ん? 人波も途切れて、ふとさっきから少し離れたところに立っていた長身の青年が気になり始める。チラチラとうかがっていると、バチっと目が合った。まさか。
「あの……失礼ですけど、アビさんですか?」
先んじられて、自分の思い込みにめまいがする。
「はい。ひろりんさんですか?」
「はい。初めまして。でも……参ったな。アビさん、よく『俺』って言うから、男性だと思ってました」
「私も……ひろりんさんのアイコンが、ピンクの服で猫を抱いてる感じだったから、女性だと思ってました……」
「実家の猫を抱いてる、妹の写真なんですよ」
「はあ」
兎にも角にも、徒歩十分のマンションに向かい、改めて自己紹介をする。
「鵜飼成恵(うかいなるえ)です」
「佐々木弘樹(ささきひろき)です」
そして本題、お歳暮交換をした。弘樹さんからは、お酒の肴(さかな)にぴったりな、生ハムタイプの味付きこんにゃくを頂いた。私が、お酒が好きだって言ったから。
「新潟のひとの口に合うか分からないけど、群馬の地酒も持ってきました」
弘樹さんはコーヒーと笹団子、私は日本酒とこんにゃくの、奇妙な宴が始まった。笹をほどいてひと口頬張り、相好を崩す。
「美味い! 素朴な味わいですね。餅の食感も良い。わたし、甘いものが好きだけど甘過ぎるものは苦手っていう我が儘だから、凄く美味しいです」
「良かった」
和やかに話が弾んだが、ふと弘樹さんが声を上げる。
「そう言えば……独り暮らしの女性の家に、泊まる訳にはいきませんね。宿を探します」
手分けして電話をかけたけど、ビジネスホテルに空きはなかった。かといって、シティホテルに泊まるほどの持ち合わせはないという。意を決して私は言った。
「あの……弘樹さんのこと、悪い方だとは思ってません。もしよければ、泊まって頂いても」
「え、良いんですか? わたしは構わないのですが……」
お風呂をご馳走して、八畳の寝室に布団を並べる。恐いとは思わなかった。電気を消して、暗闇の中ささやき合うのが、何だか修学旅行みたいで楽しかったくらいだ。
やがてウトウトとまどろむ耳に、弘樹さんの声が木霊する。
「成恵さんは、お付き合いしてる方は、いらっしゃるんですか?」
駄目だ……眠い。
「成恵さん? ……寝ちゃったかぁ。でもまずは、お友達からじゃないと失礼だよなぁ」
弘樹さんが、小さく独りごつ。
不思議だ。初めて会ったのに、こんなに安心感のあるひとは居ない。
「おやすみなさい、成恵さん」
おやすみなさい、弘樹さん。心の内で呟いて、何かが始まる予感に口角を上げながら、私は心地良く眠りのふちに落ちていった。