なめらかな、愛

(著者)山村麻紀

 私の部屋の本棚から、日に日に本が消えてゆく。本にかじられた様子がないことから、屋根裏のねずみの犯行ではないと悟る。
『ねぇ、私の本知らないよね?』
 寝そべって尻を掻き、テレビを見ているタツヤのだらしない背中に問う。
『あぁ、食べたよ。君の本棚にある本、美味しいからさ』
 やはりと思った。出会った半年前と比べて、タツヤは倍くらいの大きさになっている。本でも食べなければ、こんなに短期間で太ることはないはずだ。先日タツヤとデートで行ったマリンピア日本海で、そっくりな生き物を見た。あれはイルカじゃなくて、ペンギンじゃなくて、アザラシでもなくて、何だっただろう。
『ねぇ、どうして私の作った料理はちっとも食べないのに、本を食べるのよ?』 
 強い調子で言ったにもかかわらず、タツヤは振り返りもせずに答える。
『料理なんてファミレスでも居酒屋でも食べられるよ』 
 返答の意味がわからず、頭にきた私は、タツヤの背中に思いきり蹴りを入れた。
『この本泥棒!このトドまがい!本を返しなさいよ!』 
 タツヤは驚いて、なめらかに身体をスライドさせた。
『君ほど美味しい本をくれる人はいなかった。でも、その魅力に気付けなかった君とはさよならだ』 
 タツヤの手足はヒレに変化し、手を振ってそのまま部屋から消えてしまった。ふと本棚に目をやると、消えた本がすべて元に戻っていた。ただ、全ページがしわしわになっていて、潮の香りがした。
 使い物にならないので、全部水に流すつもりだ。