一杯だけ、のあいまに

(著者) ベッカム隊長


 新潟でのイベントの仕事に合流する前に、趣味の街道歩きをした。
 けど、今日はちょっと疲れた。
 明日もう一日歩くことにしているけれど・・・。
「バーで一杯だけ、」
 そう思って古町の、小径をちょっと入ったところにある店の扉を開いた。
「いらっしゃいませ!」
 バリトンの澄んだ声が心地良く響き、私はうながされるままカウンター席に腰を落ち着けた。

 朝、古町を歩き出した時は、快調に足も運んだ。〝ドカベン通り〟と言えそうなアーケードを抜け、柳都大橋を渡り、法向院や沼垂白山神社に立ち寄りながら、阿賀野川の土手道にさしかかったあたりから、どうも足が伸びなくなってしまった。
 若干熱射病になっているような気がして、自販を捜しては水分補給をくり返した。
 旧道は聖籠宿へと進む。
 しかし県道46号線に出た時、観念して右折した。内島見東の信号を左折、掘割の交差点までが長かったが、そこを右折、ひたすら黒川駅に向かって足を動かした。
 新潟に戻って古町へ向かって歩いている時、派手な看板のカレー店があり、に入ってみた。一品200円なのである。辛さを一段階上げたら+100円。水は備え付けの自販でペットボトルを買わないといけないシステム。ただし持ち込みはOK!
 だから、実にリーズナブルなのだ。といおうか、リーズナブルすぎて経営の方は大丈夫か、とちょっと心配したくなるほどだった。
 注文し、食べてみると、味もイケてるし、量もちゃんとあるし・・・これで商売がやって行けるなら言うことないなぁ~・・・といたく感激した。
 若干まだ日射病の影響が残っていたけど、ちょっと辛めの400円カレーを、ヒーハーフーハーしながら食べた。なんだか身体もかなり回復してくれた気になるから不思議だ。
 そんな話題をちょっとふると、マスターも贔屓にしているという。
 一杯だけでは済まなかったけど、心地良い気分で、明日に臨めそうなところで切り上げ、宿に戻った。

 次の日・・・。
 昨日の出羽街道の起点から、逆に向かって高田方面に繋がっている北国街道を歩いて行った。
 白山神社に立ち寄ったら、タマ公という犬の銅像があり、その功績を読んでみると、雪国ならではの光景が浮かんできた。何度も雪に埋もれた飼い主を、ここ掘れワンワン!・・・の精神で救った一途なタマ公・・・。
 ステキな逸話に気分をよくして張り切って歩き出したのだけれど、やっぱり昨日の軽い熱中症の後遺症からか、足が全然進まない。
 学校町の交差点では大きく道を間違えてしまい、関屋松波町を抜けていくあたりからは、はっきり、しんどいなぁ~・・・と思うようになって来た。
 だから、国道402号線に入った浜浦橋手前を左折したところでちょっと休憩した。
 コンビニで買った氷菓を首筋に充て、コンクリートの堰堤の日陰に寝転んだ。
 すぐ傍に停まっている車の中から、ローカル放送のラジオが流れていた。
 リスナーからの手紙のコーナーになって、
「こんにちわ、9月になっても暑い日が続きますね」
(そのようで、今ひっくり返ってしまっているところです)
と思いながら耳を傾けた。
「・・・中1の時、新潟に引っ越して来て、毎日が寂しくてしょうがなく、そして小さないじめに遭い、それが段々・・・」
 やがて登校拒否になり、親に心配かけていることにも悩み、リストカットをして・・・。なかなか深刻な内容だった。
 でも中3の時のクラス担任が一生懸命の人で、クラスメートもうちまでいろんなものを届けてくれ、やがて夏休みが終わって2学期が始まった頃、部屋を出て、学校を訪れてみて・・・。すぐにはやっぱり馴染めなかったけど、春、みんなと一緒に卒業できた、ということだった。新潟ではない高校に進んで・・・そこでは3年間休まずに通った・・・ということだった。
 長いこと新潟に訪れることがなかったのだけど、家族で遊びに来た時、かつてのことを思い出し・・・というような内容が後日談のように続いた。
 40を過ぎ、あの頃の自分と同じような年齢になった子どもを持つ今、当時の担任のことやクラスメートのことや親のことをいろいろ思うと・・・と手紙は続いていた。
 女性DJは途中からずっと涙声になっていた。
 いろんな経験をして人は大人になる。
 私の息子も今、中学生だ。思春期の風に吹かれ、いかんともしがたい思いを一杯抱えて毎日学校に通っているのだろう。親はその姿を見守ってやるしかない。そして何かあった時にはすべてを投げ出しても息子のために動く覚悟を持つしかない。なんとか通ってくれていることに、今はホッとするだけだ。だからこうして旧道歩きなんかにも出かけられる。いや、それはちょっと問題が違うことかもしれないなぁ~・・・と思ってみたりする。
 ふと気が付くともうラジオでは別の話題になっていた。
 休憩したおかげで元気が戻っていた。息子の顔を思い浮かべながら、掘割橋を渡った。

「今日も一杯だけ、」
 そう思って夕刻、小径の奥にあるバーの扉を押した。