酒天童子はミニスカートで走りたい

著者) つぐみざき あさひ


 五月、今日は天気がいい。僕は男の子を拾った。
 新聞を取りに外に出たら、段ボール箱に入った男の子にえらく達筆な手紙が添えられていて、要約すると拾ってくださいと書いてあった。
 立派な家には住んでいるんだけど、そういうのは受け付けてない。とはいえ、近頃暑くなってきているし、死んだりすることがあってはこまるから、と思ってなかに入れてやったのが間違いだったらしい。
「僕は半田あきらだ。君は?」
「酒天童子」
 と来たもんだ。
 酒天童子は確かに新潟県出身だから、京都で倒された後、魂が故郷のここににたどり着いていたとしてもおかしくはないけど。僕は源頼光の子孫でも国上寺の関係者でもないんだけど。
 僕はなにも考えないことにした。
 着ているものがぼろぼろでぼさぼさの髪、顔は良さそうだけど身なりが汚いな。と思った僕は、酒天童子の身ぐるみ剥いで風呂に入れた。
 するとまあ、あっという間に市の方に行ってもそうそういない美少年が現れた。
 現れた訳だが。
「君が着る服がないか。君は小柄だし昔の僕の服が合うかもしれないな」
 昔の服を納戸から引っ張り出している間に、酒天童子が僕の部屋に忍び込んでそこらじゅうひっくり返し、しかも僕の制服を着て、どや顔をするという非常識っぷりだ。
「みじけぇ袴らね。ツンツルテンら」
「それはスカートだ。女子の制服だよ」
 酒天童子が形のいい目を丸くして、
「あきら、髪、みじけえ」
 と片言で言う。
「今の女子はこんな格好をしていることが多い。もちろん僕みたいに違う格好をしたいひともいるけどな」
 と、ファッション雑誌を見せ、イマドキの女子の衣装を教えてやった。
 酒天童子はなにごとか考え込んでいたけれど、おもむろにこう言った。
「あきら、おんなっこんがにおんなっこのかっこしねえ。そいらば、俺がおんなっこしてもいいが?」
「いいんじゃないか?そういう人もいる」
 酒天童子の目がこれでもか、というほどきらっきらに輝いた。
 第一僕が男装趣味だし、変人に女装癖が加わっても、いまさら態度を変える方が疲れる。
「でも、とりあえず、制服はやめてくれ。セーラー服は手入れが大変なんだ」
 僕が着ないワンピースを着て、姿見を眺めていた酒天童子がおもむろに呟いた。
「あきら」
「どうかしたのか?」
 さらっさらになった髪をふわりとなびかせて振り向いた。
「いとしげらな、俺」
「………」
 更にナルシストが追加。
「あきら、街にいごうれ」
 ぴょんぴょん跳ねながら酒天童子が言う。
「あんまり自分が可愛いから見せびらかしたいのか?」
 ふんふんふん、と元気よく酒天童子が頷く。
「じゃあ、今度NEXT21でやるファッションショーに出てみるか?」
「ふぁ?」
 六月にNEXT21で、専門学校の学生によるファッションショーがあるらしい。僕はそういうことにはてんで疎いけど、幼なじみのおしゃれ番長はるかが言ってたのを覚えていた。
 チラシを引っ張り出して、色々と説明をしてやる。
 返事はもちろん即答で、
「やりてえ!」
 だった。
 ということで六月。
 酒天童子がまとったのはおしゃれ番長のはるかに借りた、僕にはなんかもうよくわかんない流行りのすっごい可愛い服だ。
 僕とはるかがいるのは客席だ。ファッションショー会場のNEXT21曲線のエスカレーターの降り口、ランウェイが設置され、客席が作ってあった。
「てんちゃんは超可愛いけど、今までのモデルさんはみんなプロだし、メイクも衣装もプロのひとだし、大丈夫かな?」
 はるかがエスカレーターのステップの上で気取ったポーズのままスーッと降りてくるモデルを見ながら言う。五泉や見附の繊維業が全面に押し出された、特産品だのなんだのをモチーフにした衣装でしゃなりしゃなりとランウェイを歩いてくる。
「大丈夫だよ」
 僕は酒天童子を真似て、自信たっぷりに言った。
「なんでよ?」
「だって、酒天童子は女子を自然発火させるほどのイケメンだから、女子になっても同等かそれ以上の破壊力があるに決まっているんだ」
 ちょっと説明をはしょりすぎだけど、その昔寺で稚児をしていた酒天童子に対する恋患いで死んだ女性の恋心が煙になって酒天童子を鬼にしたらしいし。
 エスカレーターの乗り口が見える席の辺りで、ショッキングイエローの悲鳴があがった。一部なんか野太いけど、それははるかセレクトの勝負服の効果だろう。僕にはなんかもうよくわかんないあれの。
 すらりと白い足がミュールでランウェイに降り立った。
「な、はるか、誰にも負けないだろ」
 スポットライトを浴びて、この世のものとは思えないくらい輝く酒天童子が、軽やかにランウェイに踏み出す。
「そうだね」
 他の一般的な女子なんかかすむほど可愛い酒天童子が、重力から解放されているようにふわりと跳んだ。ガラス貼りの壁から射し込む光をまとって、どんな宝石より輝く笑顔を振り撒きながら。