終わらない街

(著者)槇麻里

 朝から鼻水が止まらない。目を瞑ると、じんわり涙も出てくる。季節は秋間近のきわめて夏の終わり。花粉症ではない。確か、同じ症状を二年前に経験した。あの日は大好きな、いやちがう。自分の生活の一部のような、これもちがう。自分の相棒のようなラジオが無くなってしまった日だ。朝の「おはようございます」の挨拶は、車内から聴こえてくる女性パーソナリティに。昼までやったるぞとエンジンをかけ始めた午前のティータイムには、爽やかな男性パーソナリティと共にひといき。終業までは穏やかな気持ちで心地のいいサウンドと女性パーソナリティの声に癒され過ごす。夜にかけては、一日頑張った自分にご褒美の極上時間。学生時代から聴き続けるディスクジョッキーと共に帰路に着く。当たり前の、かつ、なくてはならない日常がプツンと終わってしまった。停波した翌日も朝からラジオを流してみたが、ザーッと砂嵐がきこえてくるだけだった。それから数日、鼻水が止まらなかった。
 また、私の一部が消えてしまう。古町で働く私の原点は、やはり古町だ。幼いころ父が働いていた古町のデパートを目指し、週末は母と兄と越後線に揺られた。中学生で父のデパートが倒産し、二十年後に別の老舗デパートが倒産したときにも鼻水が出た。
 そして、仕事帰りに寄っていた小さな書店が閉店する今日ももれなく鼻水が止まらない。会社を休みたい。こんな状態で仕事しても失敗ばかりで客先に迷惑をかけることは間違いありません、と上司に言ったらクビだろうか。私の代わりはいくらでもいる。しかし、あの書店の代わりになる場所はどこにもない。目を瞑ると、涙が出てきた。
 本日は休業。本日は閉店する書店で、自分のために本を買う。愛する街で、消えゆく店と、減りゆく自分を激励するための本を買うのだ。また明日からこの街で戦っていけるように。本日は休業。私も古町も、まだまだ負けられない。
曇り空のさきに、一筋の光明が差す。鼻水をすすって、猛スピードで私は進む。