長岡花火

著者) 圭琴子


「はい、出来ましたよ」
 着付けもしてくれる美容院で、ヘアセット、ネイル、メイクと共に浴衣も着せて貰い、鏡の前に導かれた。
「うわぁ……」
 思わず、声が漏れてしまう。感嘆の声だ。鏡の中の自分は、別人みたいに綺麗だった。
(これで髪が黒かったらなあ)
 和音(かのん)は、生まれつき髪が茶色いのがコンプレックスだった。同級生たちには羨ましがられたが、高校のとき『生まれつきの色』と学校に認めて貰うまで、親も巻き込んで三ヶ月かかった。
 ついでに言えば、『和音』という名前もそうだ。もっと日本人らしい、『子』とか『美』が最後に付く名前だったら良かったのに、と思ってしまう。
 和音は更衣室を出て、先に着付けを終えて待っていた浩樹(ひろき)の前に出る。彼も明るく声を上げた。
「うお、和音、すっごく綺麗。かんざしもめちゃ似合ってる」
「ありがと。でもやっぱり髪、黒く染めた方が良かったかなあ?」
 和音のコンプレックスを知っている浩樹は、笑って彼女のセットされた前髪を撫でた。
「大丈夫だよ。和音は、茶髪でも黒髪でも可愛い」
 二人は笑顔を見交わして、信濃川に向かうのだった。
 大学の夏休みに海外に行く友人も多かったが、浩樹と和音は新潟を選んだ。日本一、いや世界一とも言われる長岡花火が観たかったからだ。
 浴衣でカロンカロンと下駄を鳴らし、手を繋いで混雑し始めた道を往く。
 河原には簡素な長椅子が、見渡す限り設置されていた。指定席に並んで座り、屋台で買った林檎飴など舐める。
 浩樹の隣には背の高い男性が座っていて、和音と目が合うと、人懐こく歯を見せた。薄暗い中にも金髪だと分かって、和音は思わず身構える。
「コンバンハ」
「あっ、今晩は」
 浩樹が応えている。
「楽シミデスネ」
「はい。僕ら、初めて観るんです」
「オー! 私ハ、第一回カラ観テイマス」
「へえ~。凄いですね」
 和音は、ホッと胸を撫で下ろした。容姿から、外国人に声をかけられることがたびたびあるのだが、英語は話せないからだ。彼が日本語で話しかけてくることに安堵して、和音も会話に加わった。
「今晩は。お国はどちらですか?」
「英国デスガ、神父トシテ、長ク日本ニ住ンデイマス」
「だから、一回目からなんですね」
「ソウデス。焼キ鳥、食ベマセンカ?」
「良いんですか? あ、じゃあ、僕らお酒買い過ぎたんで、ワンカップと交換で」
「オー、オ酒、久シブリデス! アリガトウゴザイマス」
 浩樹と男性が、和やかに物々交換している。
 やがて、花火大会が始まった。音楽と共に、打ち上げ音が大音響で河原に響く。色鮮やかだったり、とてつもなく巨大だったり、ひとつとして平凡なものはなかった。
 世界一と言われるだけあって、「復興祈願花火フェニックス」とアナウンスされた演目は、開花幅が視界に収まりきらないくらい、圧倒的なスケールのスターマインだった。幅、数キロはあるに違いない。
 夢のような時間が過ぎて、音と光の饗宴が終わると、周囲がざわざわとし始めた。硬いものを折るパキッという音があちこちで響いたかと思ったら、沢山のサイリウムの花が咲く。対岸にも灯り、カラフルな蛍のように美しい。
 隣を見ると、男性も古ぼけた大きな懐中電灯を振っていた。
「それ、何ですか?」
 浩樹が訊くと、男性は対岸に揺れる光を観ながら言った。
「花火師サンニ、アリガトウヲ伝エテイルンデス」
「へえ~! 僕らも持ってくれば良かったな」
「うん。来年は、持ってこよう」
 すると男性が、終了のアナウンスを待たずに、立ち上がった。
「もうお帰りですか? 楽しかったです。あの、これ。良かったら連絡ください」
 浩樹は、オフ会などで渡す、SNSアカウントが書かれた名刺を渡す。男性は微笑んだ。
「アリガトウ。浩樹ト、イウンデスネ。私ハ、ジョーデス」
「ありがとうございました、ジョーさん!」
 と、二人で手を振って別れたのが、さっきのことだ。

 ホテルに帰ってくつろいでいたら、LINEの着信音が鳴った。
『浩樹、楽しかったです。和音をよろしく』
 差出人には、『ジョー=船戸=スミス』の文字。それを見て、和音はあっと息を飲んだ。彼女のコンプレックスは全て、ひいお爺さんの代に婿入りしたという、その名前の男性からきていた。
 再び着信音が鳴る。
『和音、君は美しい。胸を張って生きなさい』
 そのLINEに返信しようと小一時間二人で格闘したが、ついにそれは叶わず、いつの間にかメッセージは消えていた。
 和音が母にその不思議な体験を報告したら、こんな返事が返ってきた。
『お爺ちゃんはね、長岡空襲で亡くなったんだよ。長岡花火はその翌年から、慰霊のために始まったの。だからきっと、和音に会いに来てくれたんだね』

 それから毎年、浩樹と和音は長岡花火に通ったが、二度と再び彼に会うことは出来なかった。
「丈(じょう)、何処に行ってたの? 手を離しちゃ駄目だって言ったでしょ」
「あのね、これもらった」
「えっ、誰に?」
「ぼくと、おんなじなまえなんだって」
 初めて三人で新潟を訪れた夜、そう言って小さな方の『ジョー』は、チョコバナナをかじって花火みたいな笑顔を見せた。

リンゴと私とそして君

著者) 丸和 華


 出口に向かって狭くなっていくトンネル、苔むした壁。
 心臓がギブアップ目前。お願い、早く抜けて。
 バスに座った時から膝の上に置いたままのリュックをギュッと抱えてみる。
『黒姫山は山全体が神体化されている』
 オリエンテーションの時にそう聞いた瞬間なんだか怖くなっちゃって。弟からお守りリンゴを借りて入れてきたんだ。クリスタル製でちょっと重たかったけれど持って来て良かった。ドキドキが収まってき……。

「わ!」
「きゃっ! お、脅かさないでよ、虎太朗《こたろう》くん」

 バスに乗るなりすぐ眠りに入った虎太朗くん。私、話し相手がいなくて寂しかったんだよ。ここは「寝ちゃって悪いね」って言うところじゃない?
 もー。久住虎太朗、君のこと、見損なった!

「俺、すぐバス酔いする質でさ。目を閉じながら『大丈夫』って自己暗示法で乗り切ることにしてたんだ。そろそろかなって目を開けてみたら、愛矢《あや》ってば引きつった顔してんだもん。お化け、ダメ系?」
「う、うん。お父さんの車の中でも、トンネルの時は息を止めてるの。『早く抜けろ』って心の中で唱えながら」
「やっぱりな。だけどさ、ビクビクしてるやつのところに近づいてくるもんじゃねーの?そういう悪い霊的なやつってさ」
「ちょっ、ちょっとやめてよ、悪い霊なんて言い方。めっちゃ怖いよ」
 今、虎太朗くんのこと見直しかけていたんだけど、前言撤回!すんごくヤな奴ー!
 もう何か話しかけてきたって、絶対口聞かないもんね。

 そう思ったのも束の間、バスはすぐ目的地のマイコミ平駐車場へと滑り込んでいった。
「わー。気持ち良いー」
 バスから地面に足を下ろした瞬間、ついさっきまでの憤りが嘘のように消えていった。
 ひんやりした空気に身体中の毛穴が引き締まる。冷蔵庫を開けた時みたい。それに、なんだかとっても透明な感じ。澄んだ空気ってこういうのを言うのかな?

 私たち青海南中《おうみみなみちゅう》、一年生十五人は、山を知り尽くすガイドさんと学芸員さんとを先頭に、日本一深い縦穴洞穴に向かって歩きだした。
 人の手が加わっていない露頭だらけ。学者さんが調査に入ることすら許されていない地域なんだって。二十人限定で年数回開催されるこのツアーに申し込むことでしか入ることの出来ない秘境。

 巨木が立ち並ぶ林道。ガイドさんはサワグルミだって言ってたっけ。私、うねうねグイッと成長し続けているこの木たちがなんだかちょっと怖い。

 林道を抜けると、スリリングな登山が始まった。命綱を付けて挑みたいほどの鎖場を通ったり、岩場の裂け目をまたいだり。

「さあ、ここが最後の目的地、日本一の深さを誇る縦穴鍾乳洞、白蓮洞《びゃくれんどう》です」

 ガイドさんの解説を聞いているうちに「ここで虎太朗くんにお守りリンゴを見せてみたい」という衝動に駆られた。虎太朗くんはちょうど私の隣にいる。
「虎太朗くん」
 私は囁き声で彼のことを呼ぶと、リュックの脇からお目当てのリンゴを引き出した。
「ひゅー」
 虎太郎くんはかすかな口笛を吹くと私の目を見てニヤリとした。
 ん?その笑みの意味は一体……。

「あ!」
 大切なお守りリンゴを落としてしまった。重たいクリスタルを持つ手の力が無意識に緩んじゃったんだ。

 隣にいた虎太朗くんが咄嗟に手を伸ばしてくれたんだけれど、あと一歩のところで届かなかった。お守りだったリンゴは細長い穴の中へと吸い込まれるように消えていった。

「ど、どうしよう」
「ごめんな。俺が口笛なんか吹いて驚かせちまったから」
「あ、ううん。違う。私がボーっとしちゃってただけだよ」
「思い出が詰まってた?」
「あのリンゴは絵描きだったおじいちゃんからもらったものなの。弟の誠は生まれた時から体が弱くてね。あのリンゴをお友達って呼んで話相手によくしていたんだ。でも今年、幼稚園に入園出来て。本物のお友達も出来てきたんだよ。リンゴの役目が終わったってことなのかもしれないね」
 私は頑張って口角を上げて見せた。
「なあ、愛矢。この穴は五百十三メートルの深さがあって、それはそこで終わりじゃないんだ。そこから真っすぐ、何キロも先の福来口《ふくがぐち》鍾乳洞へと続いている」
「うん」
 私は口を真一文字に結んだまま、ただ静かに頷いた。
「この黒姫山に降った雨はぜーんぶそうしたジオフロントを通過して田海川《とうみがわ》へと流れ出る。そうした奴らが流れ着く先にあるのは?」

 私は「日本海?」とおずおずと答えた。
「ああ、そうだ。壮大なロマンじゃね?」
「もしかしたら私の……ううん、弟のリンゴもひょっとすると」
「ああ。きっと糸魚川のどこかの海岸に流れ着いて、必要としている誰かが拾うんじゃね?」
「そうかもしれないね」
 私はカラリと笑いながら大きく頷いた。
 虎太朗くんが「良かった」と低く呟いたのを私の耳はきちんと拾っていた。

「良いコンビですね」
 ふいに届いたその声はガイドさん。ガイドさんにもご迷惑をかけちゃったな。
 私は静かに黙礼をした。
 
 良いコンビ――か。そうなれたら良いな。

「さぁ、そろそろ駐車場に引き返しますよ」

 ガイドさんの掛け声に、みんな素直に洞穴に背を向け始めた。虎太朗くんも。
 私はそんな虎太朗くんの背中を見つめながら洞穴に向かって振り向くと、彼と近づくきっかけをくれた白蓮洞に向かって、静かに深くお辞儀をした。

「愛矢ー。迷子になるぞー」
「わかってるー」

 小走りをして虎太朗くんに追いつくと、彼の背中を意味もなくポンっと叩いた。

 私は今、サワグルミの巨木が立ち並ぶ森を優しい気持ちで歩いている。

 了

父と私の新潟鉄道紀行

(著者) 蜜柑桜


 チリン……
 和室の出窓を開けると頭上で涼やかな音がした。ふと見上げれば飴色のガラスの下で若草色の細い帯が棚引く。
 途端に肺まで圧迫していた空気がほどけて柔らかくなり、それを思い切り吸い込んだ。風が肌を撫でても昼間のような気怠さはなく、逆に生半可に冷えた温度が心地よい。さっきまで赤紫に染まっていた空には闇が広がり、その中に真白の光が煌々と浮かび上がる。
「お父さん、月が綺麗だよ」
 紅い線香の先から煙がたゆたい、独特の香が畳の湿っぽい匂いと溶け合った。前にこの感覚を覚えたのはもう一年前か。
「あのねお父さん、次の出張、新潟になったよ」
 お鈴の音が消えるのを待って話しかける。窓際のチリン、という音が明瞭さを取り戻す。
「新潟、懐かしいねぇ」
 位牌の横に並んだSLの模型に目をやった。その後ろには、停止した列車を背に手持ちの地図を指差す父の写真。こぢんまりとした車体は白に青と赤のラインが可愛らしい。
 飽きるほど聞いたあの説明。柏崎と新潟を繋ぐ越後線。「東日本管内で115系が走るのはもうここだけだぞ」と自慢げな言葉に、自分の手柄かと私も弟も突っ込んだ。
 父の最後の旅行。この時から、新潟は私の特別な場所になった。
 無類の鉄道好きだった父。日本全国あらゆるローカル線を目指し、暇さえあればふらっと出かけていた。何をするでもなくただ乗るだけ。土産もなしに帰ってきたと思えば、乗り潰しマップにマーカーを引いては満面の笑みを浮かべていた。そうして季節が巡るたび、マップの白丸は減っていった。
 だがもう少しで地図が全て染まるというところで、白丸の連なりはそのままになった。
 病気が見つかってから、付き添い無しの自由な旅は難しくなった。
 それでも日々鉄道雑誌を広げ、最新の時刻表の確認をし続けた父。そんな父を見た母が、地図上無色の線を一つだけでも無くしに行こうと提案した。
 候補の中から越後線を選んだ理由はいくつかあった。東京から新幹線一本というアクセスの良さに加え、自然溢れる海山と、鉄男なら皆が惹かれる魅力の数々。父には最適だった。
 そして出かけた家族旅行。早朝に家を出て、上越新幹線で長岡、信越本線に乗り換え柏崎下車。そこから始まる鉄道巡りの二泊三日。
 念願の越後線、「一次新潟色」の車両に乗り込んだ父の興奮は病気が嘘だと思わせるほど。そのまま越後線全線制覇を果たし、新潟駅から向かったのは新津鉄道資料館。私はよく知らないが、Nナントカ編成で六色あるという越後線の六つの車両を満喫し、鉄道の歴史展示を食い入るように見学した父。
 さらに父のロマンの蒸気機関車、SLばんえつ物語で新津を出発。乗車区間は短かったのに少年のごとくはしゃいだ後には、旅館で山海の美味に舌鼓。食が細くなっていたはずが「米が甘い」とおかわりする。
 翌朝、レンタカーを走らせた入広瀬の道の駅で神秘的なエメラルドの鏡ヶ池を前にシャッターを切りまくり、森林浴をしつつ只見線で小出まで。スキーが得意だった父の案で塩沢で一泊。お風呂嫌いのくせに温泉を堪能し、疲れを癒して北越急行ほくほく線へ。車窓の外には魚沼盆地の広大な田圃で稲が揺れ、いくつも渡った橋梁の下では地を彩る草花や銀に光る川の飛沫が目に眩しい。
 線路で揺られて約一時間、犀潟駅で乗り換え直江津、さらに糸魚川まで海沿いを走り、長野を通って東京へ。
 マップの弓形の列島に新たな黄色い線が引かれた。これが父が引いた、最後の線。
 私は、この線を辿ったことがない。
 旅程の決定後に急の仕事が入った。私がリーダーのプロジェクトだった。代理を頼むと言った私を止めたのは、根っから仕事人だった父その人だ。「自分のために仕事を中途半端にするな」と初めて厳しく叱られた。
 だから私の知る新潟は、つぶさなお土産話と父が撮った色鮮やかな写真からだけ。
「でも、私も知りたくてね」
 父をこんな風に笑わせてくれた場所は、一体どんなところなのかと。自分で感じて、ありがとうと言いたかった。
「鉄道もいいけど、私は美食も気になるな」
 冷えた瓶の蓋を回すと、キュッと音が立つ。
「今日は、新潟のお酒を選んでみました」
 とっとっと……と、二つのお猪口を満たしていく。
 ——いい酒はな、酔わないんだぞ。
 まったく、通ぶっちゃって。
 カツンと合わせたお猪口の一つを仏壇に置いた。一礼して、くい、とお猪口を傾ける。まろやかな甘みが広がったあと、凛とした刺激が喉を通って胸に落ちる。
「ん、ほんとだ。んまい」
 きりりと冷えた雫が、湯を浴びた体の火照りを和らげる。
 仏壇の横から父のガイドブックを手に取った。名所旧跡、それから名産、工芸品。
 仕事の後は有給二日。お土産は、揃いのお猪口もいいかもしれない。
「あ、お父さんのは別ね」
 もう一杯目を注いで付け加える。
「実は、紹介したい人がいるもので」
 帰ったら、今度は私のお土産話、しっかり聞いてもらうから。
 線香の煙が窓辺へ流れ、虫の声と一緒に風鈴が鳴った。

一杯だけ、のあいまに

(著者) ベッカム隊長


 新潟でのイベントの仕事に合流する前に、趣味の街道歩きをした。
 けど、今日はちょっと疲れた。
 明日もう一日歩くことにしているけれど・・・。
「バーで一杯だけ、」
 そう思って古町の、小径をちょっと入ったところにある店の扉を開いた。
「いらっしゃいませ!」
 バリトンの澄んだ声が心地良く響き、私はうながされるままカウンター席に腰を落ち着けた。

 朝、古町を歩き出した時は、快調に足も運んだ。〝ドカベン通り〟と言えそうなアーケードを抜け、柳都大橋を渡り、法向院や沼垂白山神社に立ち寄りながら、阿賀野川の土手道にさしかかったあたりから、どうも足が伸びなくなってしまった。
 若干熱射病になっているような気がして、自販を捜しては水分補給をくり返した。
 旧道は聖籠宿へと進む。
 しかし県道46号線に出た時、観念して右折した。内島見東の信号を左折、掘割の交差点までが長かったが、そこを右折、ひたすら黒川駅に向かって足を動かした。
 新潟に戻って古町へ向かって歩いている時、派手な看板のカレー店があり、に入ってみた。一品200円なのである。辛さを一段階上げたら+100円。水は備え付けの自販でペットボトルを買わないといけないシステム。ただし持ち込みはOK!
 だから、実にリーズナブルなのだ。といおうか、リーズナブルすぎて経営の方は大丈夫か、とちょっと心配したくなるほどだった。
 注文し、食べてみると、味もイケてるし、量もちゃんとあるし・・・これで商売がやって行けるなら言うことないなぁ~・・・といたく感激した。
 若干まだ日射病の影響が残っていたけど、ちょっと辛めの400円カレーを、ヒーハーフーハーしながら食べた。なんだか身体もかなり回復してくれた気になるから不思議だ。
 そんな話題をちょっとふると、マスターも贔屓にしているという。
 一杯だけでは済まなかったけど、心地良い気分で、明日に臨めそうなところで切り上げ、宿に戻った。

 次の日・・・。
 昨日の出羽街道の起点から、逆に向かって高田方面に繋がっている北国街道を歩いて行った。
 白山神社に立ち寄ったら、タマ公という犬の銅像があり、その功績を読んでみると、雪国ならではの光景が浮かんできた。何度も雪に埋もれた飼い主を、ここ掘れワンワン!・・・の精神で救った一途なタマ公・・・。
 ステキな逸話に気分をよくして張り切って歩き出したのだけれど、やっぱり昨日の軽い熱中症の後遺症からか、足が全然進まない。
 学校町の交差点では大きく道を間違えてしまい、関屋松波町を抜けていくあたりからは、はっきり、しんどいなぁ~・・・と思うようになって来た。
 だから、国道402号線に入った浜浦橋手前を左折したところでちょっと休憩した。
 コンビニで買った氷菓を首筋に充て、コンクリートの堰堤の日陰に寝転んだ。
 すぐ傍に停まっている車の中から、ローカル放送のラジオが流れていた。
 リスナーからの手紙のコーナーになって、
「こんにちわ、9月になっても暑い日が続きますね」
(そのようで、今ひっくり返ってしまっているところです)
と思いながら耳を傾けた。
「・・・中1の時、新潟に引っ越して来て、毎日が寂しくてしょうがなく、そして小さないじめに遭い、それが段々・・・」
 やがて登校拒否になり、親に心配かけていることにも悩み、リストカットをして・・・。なかなか深刻な内容だった。
 でも中3の時のクラス担任が一生懸命の人で、クラスメートもうちまでいろんなものを届けてくれ、やがて夏休みが終わって2学期が始まった頃、部屋を出て、学校を訪れてみて・・・。すぐにはやっぱり馴染めなかったけど、春、みんなと一緒に卒業できた、ということだった。新潟ではない高校に進んで・・・そこでは3年間休まずに通った・・・ということだった。
 長いこと新潟に訪れることがなかったのだけど、家族で遊びに来た時、かつてのことを思い出し・・・というような内容が後日談のように続いた。
 40を過ぎ、あの頃の自分と同じような年齢になった子どもを持つ今、当時の担任のことやクラスメートのことや親のことをいろいろ思うと・・・と手紙は続いていた。
 女性DJは途中からずっと涙声になっていた。
 いろんな経験をして人は大人になる。
 私の息子も今、中学生だ。思春期の風に吹かれ、いかんともしがたい思いを一杯抱えて毎日学校に通っているのだろう。親はその姿を見守ってやるしかない。そして何かあった時にはすべてを投げ出しても息子のために動く覚悟を持つしかない。なんとか通ってくれていることに、今はホッとするだけだ。だからこうして旧道歩きなんかにも出かけられる。いや、それはちょっと問題が違うことかもしれないなぁ~・・・と思ってみたりする。
 ふと気が付くともうラジオでは別の話題になっていた。
 休憩したおかげで元気が戻っていた。息子の顔を思い浮かべながら、掘割橋を渡った。

「今日も一杯だけ、」
 そう思って夕刻、小径の奥にあるバーの扉を押した。

神さまからの贈り物

(著者) 丸和 華


 いつぶりだろう? 潮の香りをこんな風に心地良く感じたのは。
 この海岸に最後に足を運んだあの日来、違うかな?
 あれから二十五年……か。
 でもまさかこうして、ここを我が娘と訪れる日が来るだなんて。
 
 私は、駐車場からビーチへと延びる石段の上に新一と並び立ちながら、そこを小鹿のように駆け下りて行く白雪の背中を見つめた。
「白雪ー、慌てないのー」
 私の呼びかけが聞こえているのか、いないのか。白雪は振り向いて笑顔を見せることも返事をすることもなく、一目散に波打ち際へと向かっていく。

「ママー。見てー。太陽さんが白雪に来て欲しいってー」
 ふいに振り向いた白雪が驚嘆の声を上げた。
「そうねぇ。ばあにも太陽さんの声が聞こえるよ。お嬢ちゃんのお名前が白雪なのかい?」
 砂浜のゴミ拾いをしているらしい老婆が、白雪のはしゃぐ声に顔を綻ばせた。

 私と新一は砂浜へ降り立つと、老婆に会釈で応じた。ところが白雪は、沈みゆく太陽が作った置き土産に興奮した勢いのままに答えた。
「うん、名前が白雪。あのねー、白雪は湊幼稚園のたんぽぽ組さん。あのねー。白雪は金井先生がだーい好き」
 イルカのようなジャンプを見せながら、息継ぎも忘れ夢中になって自分を語る白雪。横浜の砂浜をお散歩していても、こういう一期一会が起こることなんてなかった。
 連休の行き先にここを選んで本当に良かった。白雪の特技とも言えるんじゃないかしら。初対面の人ともこうして臆することなくおしゃべりを楽しめるところ。

「白雪ちゃん。幸せだねー。お父さんとお母さんを大切にするんさよ。そうすればきっと神様も白雪ちゃんのことを守ってくださるから」
「はーい。白雪、ママのこともパパのことも、だーい好き。大切にするもん」
 背の低い申し訳程度の白波が私たちの足元を寄せては返していく。

 耳に響いてくる波の音が、遠い日の記憶を呼び覚ます。
 私が生まれ育った町、能生。だけど小四の時、横浜に引っ越すこととなって。以降ずっと横浜の町で育った。白雪にとっても、おばあちゃんちは横浜。
 ゆかりがあるというにはあまりに短いたった十年。
 されど。そこに詰め込まれている記憶はまるで宝箱。
 ふと私は、その宝箱の中から一つのアイテムを取り出していた。
 海の向こうにそびえているあの岩礁『弁天岩』に置いてきた神さまへのプレゼントの記憶を。

「あ、そうそう」
 回想を途絶えさせる老婆の声が突然耳に飛び込んできた。彼女はまん丸に曲がった腰のまま、前掛けのポケットの中にある何かを探しているようだった。
「これ、さっきそこでゴミ拾いしている時に砂浜で拾うてね」
 老婆がポケットから取り出し白雪に差し出したのはガラス製のリンゴ。透き通ったその中を色鮮やかな三本線が美しい螺旋を描いている。緑、青、白。まるで清流の流れのよう。
 それらが、海面を反射しながら届く夕日の光と静かに共鳴していく。

「わー。きれー」
「白雪ちゃんにあげるさ」
 白雪は目と口をまん丸にさせ、恐る恐るの様子で両手を差し出した。黒目がキラキラと輝いている。ほっぺも耳まで真っ赤に染めて。
「ゴミにするのは惜しゅうてさ。ばあのもんにしようとしたっちゃけど。白雪ちゃんにあげる」
 白雪の手にそれが収まると白雪は「あっ!」と声を上げてガクンと砂浜に崩れ落ちた。リンゴを落とさないよう、しっかり両手で守ったまま。
「おっもーい」
 白雪は砂まみれの腕や足を気にする素振りも見せずにケタケタ笑いながら立ち上がった。
「ごめんねー。重いよって言わのうちゃいけんかっちゃね」
 老婆は幸せな人生を思わせる深く刻まれた笑いジワをさらに深く見せた。
 私は一瞬、「ゴミ拾いの最中に拾ったとはいえ、拾得物として警察に届けた方が」と言おうとしたがやめた。
 この場でそれを口にするのは野暮だ。後で交番に寄って相談してみよう。

 そう思った刹那、それまで静かなさざ波を立てていた波が、ひと際大きな波音を立てながら私たちの足をさらった。
「あ!」
 白雪は一声発してすぐその場にしゃがみ込むと、老婆から受け取ったリンゴを器用に太ももに置き、足元の砂の中から何かを拾い上げた。
「ママ、見て―。くすぐったくてカニさんが来たのかと思ったらこれだったー。キレイな輪っかだねー」
 白雪は重たいリンゴを左腕全体でしっかりと掲げ、右手には今拾った『翡翠色のミサンガ』をつまみ私に見せながら立ち上がった。

 え? これって……。
 きっとそうだ。
 私が二十五年前、引っ越し当日にあの弁天岩の祠にお供えしたミサンガ。一生懸命幅広になるように工夫して、一カ月かけて完成させたんだ。大好きな友達と別れたくない、引っ越さなくて済むようにって祈りながら。
 でも引っ越すことは変わらなくて。完成したのも能生を離れる当日になってしまって。
 ――能生に住むみんなが、ずっと幸せでありますように。海の神様、お願い。みんなのことを見守っていてね。
 そう願いを変えたんだっけ。

 白雪の前で揺れる幅の広い翡翠色をした輪っかが「ただいま」と言っているように感じた私は、思わず心の中で「おかえり」と呟いていた。

秘密のおまじない

(著者)如月芳美

 バイクを買った。
 買ったばかりで無茶かもしれないけど、いきなり遠出してみることにした。
 とりあえず新潟方面に向かってみた。大事なのは目的地ではなくて、『走ること』そのものだからだ。
 家を出る時、母が「近場にしときなさいよ」と言っていた。わからなくもない。免許取りたて、バイク買ったばかり、ろくに何度も乗ってないのにいきなり遠出するんだから。
 長野の自宅から国道117号を使って千曲川沿いに新潟へ向かう。面白いことに、千曲川は新潟県に入ると信濃川と名前を変える。私も新潟県に入ったら別の私になる。きっと。

 地味な性格で小学校からずっと存在感がなかった。中学でも高校でもモブみたいな存在だったから、当然彼氏だっていないし、いたこともない。 
 短大時代に教習所に通って、卒業と同時に免許を取った。なぜ二輪免許を取ろうと思ったのかは自分でもわからない。ただ、バイクに乗れたら風になれるような気がしたのは事実だ。
 バイクの免許を取ったはいいが、先立つものが無くてマシンが買えなかった。四月に入社してから四か月分のお給料を全額注ぎ込んで250㏄のヴィンテージボバーを手に入れた。

 川沿いを走るのは気持ちがいい。八月の炎天下にバイクに乗るなんて頭おかしいんじゃないのかと母は言うけど、そんなの全然関係ない。セミの声を聞き川の流れを近くに感じると、自分も自然の一部だと実感がわく。
 少し走ると民家の立ち並ぶ町に出た。津南町だ。
 ここまで来ると117号沿いは普通の街中と変わらない、せっかくなので左に逸れて国道405号に向かう。こっちは思い切り山の中を通るルートだ。
 入ってすぐにワインディングロード。こういうのを待っていた。
 山の中は気温が低いように感じる。木で日陰ができるせいもあるだろうが、植物の生えるところは温度も下がる。日光を反射するものがなく、全て吸収してくれるからだ。

 昨日は客先にお詫びに行った。上司と二人で。私のミスで取引先に迷惑をかけてしまったのだ。
 帰り道、上司に「昼飯を食おう」と誘われた。とても食欲なんか無かったけど、黙ってついて行った。
 蕎麦をすすりながら、上司はカラリと言った。
「新人なんか何やったって許されるんだ、今のうちにたくさん失敗しとけよ」
「失敗なんてしない方がいいに決まってます」
「なーに言ってんだ。一年目にどれだけたくさん失敗するかで後が決まるんだ。二年目からは失敗が許されないんだから、今のうちにたくさん失敗してたくさん恥をかいて仕事を覚えたらいい。最初っから完璧な人間なんか居ない」
 上司はそう言ってズゾゾって蕎麦をすすった。
「一人前になるのを急ぐな。のんびりしろ、のんびり」
 のんびりって言われても。
 いい先輩に恵まれたからこそ、自分のダメさ加減が嫌になる。
 だけど来年からは私が先輩として新人を指導しなくちゃならないんだ。めげてばかりいられない。

 だからこそ、こうしてリセットする時間が必要なんだ。山の空気を吸って、川のせせらぎを聞いて、鳥の鳴き声に返事をして。

 国道405号はそのまま行くと上越の方に出てしまうので、途中で右に逸れる。松之山を通過して、国道353号は山と棚田の中を走る。
 相変わらずのぐにゃぐにゃ道を通っていると加速が鈍くなったような気がした。ふと見るとオーバーヒートの警告ランプが点灯している。
 これはまずい。
 バイクを日陰に停めて休んでいると、畑仕事から戻る途中のお婆ちゃんに声をかけられた。
「どーしなしたね」
「バイクがオーバーヒートしちゃって。少し休ませてるんです」
「そら豪儀らのぉ。うちぃ寄ってがっしゃい」
 どうやら家で休んで行けということらしい。素直に甘えることにして、お婆ちゃんの後についてバイクを押した。
 縁側で休ませて貰っていると、冷たい麦茶と小茄子の漬物を持って来てくれた。
「おめさんどっから来なしたね」
「長野です」
「へーえ、そーいんだけぇ。おらちもなんだこんだ、あんにゃもおじも旅出たっきゃ、なーしてがろっかねぇ」
 目の前に茄子のお皿が差し出された。
「おらちで漬けたんだども、食べてみてくんなせや。どんがだろっかの?」
 お婆ちゃんの言葉は初めて聞く言葉だけど、なんとなく通じた。耳じゃなくて体で理解したような不思議な感じがした。
「おいしい!」
「そらいかった。じょんのびしてがっしゃい」
「じょんのび?」
「のんびりってことだよぉ」
 お婆ちゃんがカラカラと笑った。『のんびり』か。ここでも言われちゃった……私もつられて笑った。
 しばらくお喋りして、バイクの機嫌が直ったのを見計らってその家を後にした。お婆ちゃんの「気ぃ付けてがっしゃい」という声に見送られながら。

 再びバイクで風を切る。上司の声が頭に響く。
「一人前になるのを急ぐな。のんびりしろ、のんびり」

 そうだ、私の秘密のおまじないにしよう。
 ――じょんのび。

ひかりの悩み事

(著者)烏目浩輔

 住宅メーカーの営業職に就いて五年。二十代後半の藤谷ひかりはおおいに悩んでいた。
 その悩みは前々から身近にあるものだった。しかし、今までは現実逃避して目を背け、するっとスルーできたのである。ところが、ついにそうもいかなくなってしまった。いよいよあれが現実味を帯びて、直視すべき問題になったのである。
 考えても解決策にたどり着けないひかりは、十年来の親友である由美に相談してみた。しかし――。
「ひーちゃん、そんなこと気にしちゃダメだよ。気にしないのが一番」
 そう応じた由美の顔はニヤついていた。
「笑ってるし! 本気で悩んでるのにひどい!」
「わ、笑ってないって!」
 言いながら由美は笑いを堪えていた。こいつはダメだ。相談する相手を間違えた。二度と由美には相談しないと、ひかりは半ば拗ねながら決断した。
 ひかりを悩ましているのは彼氏の浩志(ひろし)だった。
 浩志と出会ったのは大学生のときだ。ある講義でたまたま席が隣同士になり、それがきっかけでよく話をするようになった。そして、いつしか親密な関係になった。
 ただ、席が隣同士になったのは、実は偶然ではなかったらしい。
「前からひかりのことが気になってたんだよ。めっちゃかわいいって。はっきり言えばひとめぼれだな。それで友達に協力してもらって、隣の席になるよう仕込んでもらった」
 あとになってから仕込まれていたと知った。しかし、浩志の話が本当であれば女冥利に尽きる。めっちゃかわいい。ひとめぼれ。そんなことを言われたらキュンである。人差し指と親指をクロスである。
 浩志は彼氏として申しぶんなかった。ほどよく優しいし、浮気はしないし、仕事に真面目だ。しかし、いつしかふたりはいいお年頃になり、とうとうプロボースされたのである。
「ひかり、結婚してほしい」
 結婚となるとあれが問題になる。あれをするっとスルーできなくなるのだ。
 浩志の両親は農業を家業にしている。浩志は大学を卒業してからその家業を手伝っており、いずれは広大な稲田を引き継ぐつもりでいるらしい。ひかりも浩志と結婚すれば、必然的に家業を手伝うことになる。
 農業は『キツい、汚い、危険』のまさに3Kである。だが、ひかりはそれをネックとは思っていない。むしろ、今現在就いている営業職よりも、どろんこになって働くほうが性に合っているような気がする。
 だから、農家への嫁入りは枷になっていない。問題は別にある。
「ひーちゃん、そんなこと気にしちゃダメだよ。気にしないのが一番」
 由美の言う通りだというのはひかりにだってわかっている。しかし、やはり気になる。浩志の名字が……。
 浩志の名字は越(こし)。もし、浩志と結婚すれば、ひかりのフルネームは『越ひかり』になる。しかも、ひかりは新潟生まれの新潟育ちだ。新潟産の越ひかりなのである。さらに、越家の稲田ではコシヒカリを育てている。
 未来のことは誰にもわからない。一寸先は闇とも言う。しかし、順調にいけばひかりはあと六十年くらい生きる。おそらくこの先六十年間、こう言っていじられ続けるだろう。
 新潟産の越ひかりが、コシヒカリを育てている。これはもう悪夢である。
 しかし、その悩みはあっさりと解決した。
 あるときひかりは浩志に気持ちを伝えた。名前が越ひかりになってしまう。ちょっとイヤ。というかだいぶイヤ。すると――。
「いやなら夫婦別姓にすれば?」
「え、いいの?」
「別にいいよ。今どき夫婦別姓なんて珍しくもないし」
 夫婦別姓という方法をすっかり失念していた。こうしてひかりの悩みはあっさり解決したのである。
 いざ解決してしまうと、なんだかバカらしくなった。どうしてこんなことで悩んでいたのだろうか。名前なんてどうでもいいし……。
 別に越ひかりでいいや、と夫婦別姓にする気も失せた。

 結婚式の披露宴のことである。ひかりは新婦の挨拶でこう言ってみせた。
「どうも。新潟産の越ひかりです」 
 生涯通してのお約束ネタが生まれた瞬間である。ちなみに、このとき一番笑ったのは親友の由美だった。しかし、しばらくして彼女は大泣きした。
 披露宴のフリータイム的な時間に、由美は新郎新婦の席までやってきた。そして、涙と鼻水を大量に撒き散らして、嬉しさを大爆発させたのだった。
「ひーちゃん、結婚おめでとう。すっごい綺麗、すっごい嬉しい。ひーちゃんがお米になっても、私たちはずっと友達だからね」
 嬉しく思ってくれるのはありがたい。だが、こいつはやはりダメだ。ひかりは決してお米になんてならないのだ。フルネームが越ひかりになっただけで、結婚しても種族は人間のままである。
「私はこれからも人間だから!」
 しかし、即座にそう抗議した声は、たぶん由美に届かなかった。大泣きする由美つられてひかりも大泣きしていたからだ。きっとちゃんと声になっていなかった。
 ひかりの名前はこの先ずっといじられ続けるのだろう。おそらく六十年以上。だが、いくらでもいじってくれたらいい。どんとこいだ。
 新潟産の越ひかりは、浩志とコシヒカリを作る。なんだったら、新潟で一番美味しいコシヒカリを作ってやる所存である。

弥彦山

(著者)烏目浩輔


 あのとき俺が山道に歩を進めていると、母はのんびりとした口調で言った。
「真梨(まり)さんは本当の娘みたいにかわいいわ。愛梨(あいり)ちゃんはあんたが子供だった頃よりかわいい」
 真梨は俺の妻であり、愛梨は五歳になる娘だ。

 標高六百三十四メートルの弥彦山(やひこやま)。俺がその山に登ったのはあのときが二度目だった。はじめて登ったのはそのずっと前で、俺は確か小学二年生になったばかりだった。子供の頃の記憶は色褪せて曖昧になっているものも多いが、母とそこに訪れたことだけは不思議と鮮明に覚えている。
 当時の俺はとにかく身体が弱かった。発熱するのは日常茶飯事で、なにより基礎体力がなかった。五分も歩けば膝が震えだし、立っていられなくなるのだ。原因を見つけるために病院で精密検査も受けたが、最終的にくだされた診断は原因不明の疲労だった。
 原因が見つからずじまいでも、薬はやたらとたくさん処方された。俺はそれをわりと真面目に飲み続けたが、弱々しい身体はいっこうに好転しなかった。そんなときに母が突然言いだしたのだった。
「弥彦山に登ってみようか」
 それから三日後の日曜日、母は本当に俺を連れて弥彦山に登った。
 弥彦山は比較的手軽に登れる山であるものの、当時の俺はそんな山ですら登るのが困難だった。だから、母は俺を背負って山に登った。
 俺の家庭は母子家庭で父親がいなかった。母はよく父親の役目も担っていたが、子供を背負っての登山は相当きつかったはずだ。
 弥彦山には山頂付近まで通されたロープウェイがあった。それを利用すればいいものの、母は徒歩での登山を選択した。弥彦山の麓にある弥彦神社から出発する表参道コース。通常は九十分ほどで山頂に到着するのだが、俺を背負った母は二時間半近くかかった。季節は確か秋だったが、母の背中は汗だくになっていた。
 母がそこまでして弥彦山に登ったのは神頼みするためだった。弥彦山山頂にある弥彦神社奥宮は、新潟県最大のパワースポットとして有名だ。その場所で俺の身体のことを願うために弥彦山に登った。
 山頂から望む青い日本海と、広大な越後平野はまさに絶景だった。母はさっそく俺を連れて弥彦神社奥宮に参拝した。腰を九十度に曲げて熱心に祈っていたのを覚えている。それから行きと同じくらいの時間をかけて弥彦山をおりた。
 神社参拝後しばらくして不思議なことが起こりはじめた。俺の身体がぐんぐん頑丈になっていったのだ。めったに発熱しなくなり、誰よりも元気に外で遊び、スポーツならなんでも好きになった。高校ではラグビー部に入り、一年生からレギュラーを務めた。

 母が俺を背負って弥彦山に登ってから約二十年が経ったあのとき、今度は俺が母を背負って同じコースで弥彦山に登ったのだ。少し前を歩く俺の妻と幼い娘に目をやって、母はのんびりとした口調で言った。
「真梨さんは本当の娘みたいにかわいいわ。愛梨ちゃんはあんたが子供だった頃よりかわいい」

 母のすい臓癌が見つかったのはその一ヶ月ほど前だった。医師の話によると末期であるため手術をしても無駄だという。それを聞いた俺はショックを受けながらも、なにかできることはないかと模索した。ふと思い至ったのが弥彦山の山頂にあるあの神社だった。
 弥彦神社奥宮に参拝すれば、俺の弱かった身体を治してくれたように、母の病気もよくなるのではないか。俺はその一心で母を連れて弥彦山を登ったのだ。ようやく母がかつてロープウェイを利用しなかったわけを理解した。自分の足で登らなければ神頼みの効果が薄れるような気がした。
 母は病気のせいでずいぶん細くなっていた。しかし、大人ひとりを背負っての登山はなかなかの重労働だ。山頂に着くまで二時間近くを費やした。
 俺が弥彦神社奥宮で母のことを祈っていると、妻と娘も隣にやってきて腰を九十度に曲げた。
「おばあちゃんが元気になりますように」
 娘の呟く声がぶつぶつと聞こえてきた。
 きっと母は元気になる。神社で参拝したあとはそんないい予感ばかりがしていた。ところが、母はそれから三ヶ月ほどしてこの世を去った。娘のようにかわいい俺の妻と、俺よりかわいい孫にみとられて。新潟県一と称される弥彦神社のパワーでも、末期癌には太刀打ちできなかったらしい。

 あのときから数十年も経った今になって思うと、母は自分の死期を悟っていたのかもしれない。末期癌の告知はしていなかったのだが、亡くなる少し前にこんなことを言っていた。
「またおやひこさんに参拝できてよかったわ」
 弥彦神社は地元では、おやひこさん、と呼ばれて親しまれている。
「あんたたちのことをちゃんとお願いしといたからね」
 母は詳しく語らなかったが、あんたたちというのは、おそらく俺の家族のことだ。俺と妻と娘の三人。母はあのとき参拝した弥彦神社奥宮で、俺たち三人の幸福を祈ってくれたに違いない。
 そのおかげかもしれない。母が死んだときはまだ幼かった娘が、もうすぐ結婚して家を出ていく。娘がいなくなるのは寂しくもあるが、親としては子供の成長ほど嬉しいものはない。こんな幸福なときが訪れたのは、きっと母が弥彦神社で祈ってくれたからだろう。

ひとり旅

(著者)烏目浩輔


 僕は最後の旅行の地として新潟を選んだ。同行者のいない二泊三日の旅だった。
 観光タクシーを予約したのは旅行二日目の午前九時。時間ちょうどに黒光りするタクシーがホテルの前までやってきた。僕はそのタクシーに乗りこみながら、運転手と簡単な挨拶を交わした。
 タクシーが動きだしてまもなくだった。
「ひとり旅は気ままでよろしいですね」
 運転手が雑談の流れでそう口にした。決して気ままな旅ではないのだが、詳しい事情を話す必要はないだろう。僕は後部座席で適当に応じる。
「まあ、そうですね」
 運転手は僕より三十歳ほど年上とおぼしき男性で、見た目どおりだとすれば六十がらみと思われる。どこか人懐っこい印象があり、髪のおおよそが白くなっている。
「新潟ははじめてですか?」
 運転手の質問に僕は頷く。
「今まで新潟にくる機会がなかったので」
「そうですか。では、気合を入れないといけませんね。新潟を好きになってもらえるよう、しっかりご案内させていただきますよ」
 最初に案内されたのは弥彦公園(やひここうえん)だった。タクシーを予約したさいに、いってみたい名所をいくつか伝えた。約四万坪の広さを誇る弥彦公園もそのひとつだ。色とりどりのもみじが萌えあがり、敷地内のあちこちに鮮烈な光景をなしていた。
 次にタクシーは弥彦公園からほど近い千眼堂吊橋(せんがんどうつりばし)に向かった。国上山(くがみやま)中腹の谷に架かる赤い吊り橋だ。長さは百二十四メートル、高さは三十五メートル。吊り橋のわりには揺れが少なく、ここでももみじが鮮やかだった。
 昼を過ぎて腹がそろそろ減ってきた頃、運転手は古びた蕎麦屋を紹介してくれた。地元の人間しか知らないというこじんまりとした店だ。
「ひとりで食べるのもなんですし、運転手さんも一緒にどうですか?」
 運転手は僕の誘いを快諾して、天ざる蕎麦がおすすめだと教えてくれた。
 彼の気さくな性格のおかげで、僕たちはすっかり打ち解けていた。天ざる蕎麦をすすりながらの楽しい会話は途切れない。そういえば、こんなに誰かと話をするのは久しぶりだ。あんなことがあってから、僕はほとんど会話をしていない。
 昼食後は福島潟(ふくしまがた)に案内された。福島潟は約七十九万坪の湖沼で、野鳥や植物の宝庫といえた。秋といういい季節だけあって、遊歩道にたくさんの人が見て取れる。
 僕はここでも運転手を誘った。
「せっかくですし、一緒に散策しませんか?」
 だだっ広いところをひとりで歩くのは寂しいものだ。同行者がいてくれたほうがいい。
 遊歩道を進みつつ、運転手がふと言った。
「実は私、明日から無職です」
 三十年近く勤めて明日で定年を迎えるのだという。
「新潟で運転手を続けることができて幸いでした。本当にいいところですからね」
 そう口にする運転手の顔はどこか満足げだった。
「運転手さんはやっぱり新潟が地元なんですか?」
 僕は当然そうだろうと思って尋ねた。だが、運転手の首は意外にも横に振られた。
「いえ、地元は九州です。新潟で運転手をしようと思ったのは妻の影響です。ずっと前に亡くなった妻が、なぜか新潟が好きでしてね……」
 聞けば、奥さんが亡くなったのは三十年以上も前とのことだ。不慮の交通事故による死だった。その奥さんの写真を胸ポケットに忍ばせて、今まであちこちにタクシーを走らせてきたという。
「そうすればあいつが好きだった新潟を、もっと見せてやれるような気がしましてね。ようするに自己満足で運転手を続けてきたわけです」
 僕は偶然の一致に驚きつつも、苦笑いする運転手に尋ねてみた。
「奥さんが亡くなったときは、やっぱりお辛かったでしょうね……」
「ええ、辛かったですね。生きる意味を見失って自殺を考えたこともありました。でも、永遠に続く悲しみなんてないものです。今は気楽にひとりで楽しくやらせてもらってます。たぶん妻もそれを喜んでいるじゃないでしょうか。私がいつまでも落ち込んでいると、妻だって安心して成仏できませんよ」
 僕は運転手の言葉を頭の中で繰り返した。
 永遠に続く悲しみはない。
 僕の妻が死んだのは半年前だった。幼なじみで子供の頃からずっとそばにいた妻が、交通事故によって突然いなくなってしまった。僕は途方に暮れて、深い絶望に襲われた。
 生前の妻はなぜか新潟に興味を持っており、いつか旅行にいってみたいとよく口にしていた。だから、僕は最後の旅行の地として新潟を選んだ。あの世にいる妻に土産話を持っていくために。
 この旅行を終えて妻のいない家に帰れば、僕は妻のあとを追って死ぬつもりだった。
 しかし――。
「永遠に続く悲しみはない……」
 僕が口の中だけで呟くと、運転手がこちらを見た。
「なにかおっしゃいました?」
 僕は「いいえ」と答える。
 妻のあとを追っても、妻は決して喜ばない。むしろ悲しむはずだ。わかりきったことだというのに、僕は今の今まですっかり忘れていた。
 目の前に福島潟の雄大な景色がある。この絶景はどんどん移り変わっていき、四季折々の表情をみせるに違いない。きっと同じように人の心も移り変わっていく。
 永遠に続く悲しみはない。
 運転手の言葉を信じてみてもいい気がした。

はじめの第一歩

(著者)烏目浩輔


 自宅のPCでダラダラとネットサーフィンの最中、僕はたまたまそれを見つけて視線を止めた。モニターに映しだされた文字をぶつぶつと読みあげる。
「にいがたショートストーリープロジェクト……」
 
 僕は数年前からのらりくらりと小説を書いているのだが、その趣味が高じていくつかの作品が書籍化されたこともある。素人の作品を世に送りだしてくれた出版社には足を向けて眠れない。ただ、最近はなんとなく書く気になれず、これといった物語を書いていない。どういうわけだかやる気が目覚めてくれないのだ。
 一応はなにか書いてみようかと考えてPCの前に座ったりもする。しかし、結局はネットの海をぼんやりと漂うだけになる。
 そんなときに僕は見つけたのだった。『にいがたショートストーリープロジェクト』なるものを。
 
 あなたの綴る短編小説、掌編小説を広く募集します。条件は一つ。作品に新潟のエッセンスを加えること。舞台が新潟。新潟出身の主人公。新潟の名物や名産を盛り込むなど、ちょっとでいいので新潟のエッセンスを入れてください。

 公式サイトをのぞいてみるとそう明記してあった。新潟を題材にした二千文字前後の短編小説を募集しているらしい。
 僕は生まれも育ちも関西で新潟のことはよく知らない。正直言ってあまり興味もない。だから小説を書くつもりがなかったし、ネットで調べたのはただの暇つぶしだった。新潟にはなにがあるのか、新潟はどんなところなのか。
 すると、予想外で驚いた。見たこともないような絶景が検索結果にあがってきたのだ。
 湖沼の周辺に新潟の原風景が広がる福島潟(ふくしまがた)。雲海が山の稜線から滝のように流れ落ちる枝折峠(しおりとうげ)の滝雲(たきぐも)。田園の水鏡に無数の星が映りこむ星峠(ほしとうげ)の棚田。
 PCのモニターに見とれていると、背後で感心するような声が聞こえた。
「へえ……綺麗……」
 振り返ると妻がいた。妻もモニターに映る新潟の絶景に見とれていたらしい。
「それ、日本やんな? どこなん?」
「新潟」
「新潟って米だけとちゃうんや。そんな綺麗なところがあるんやね」
 僕は「そうみたいやな」と頷いた。それから「意外やわ」とつけ足した。
「いつか新潟にいってみたいね」
「そやな。コロナが落ち着いたら旅行にいってもいいかもな」
 妻がどこかにいったあとも、僕は新潟の絶景を見つめていた。それから『にいがたショートストーリープロジェクト』の公式サイトをもう一度開いた。
 新潟にいったことのない関西出身の僕が、新潟を題材にした小説なんて書けるだろうか。そんな迷いを抱きながらも、なにか書いてみたいと思いはじめた。
 新潟のエッセンスさえ含まれていれば、ジャンルは特に問わないらしい。現代、時代、恋愛、推理、サスペンス、SF、童話――さて、どんな物語が書けるだろうか。
 しかし、不思議なものだ。まったくやる気が出なかったというのに、急に書きたいという衝動がふつふつと湧いてきた。おもしろいものが書けるかは別の話として、書くという行動に意欲がこもりはじめた。
 ともあれ、だいたいの物事がこんな感じかもしれない。ちょっとしたきっかけで急に前に進みはじめる。そういうことが往々にしてあるはずだ。
 たとえばPCで新潟について調べてみる。小さな一歩を踏みだすことで、先になにかが見えたりする。そして、新たな可能性が広がる。
 はじめの第一歩は小さくても、とにかく踏みだしてみるべきだ。踏みだしさえすれば、なにかが変わるかもしれない。
 いや、そんなことよりも――。
 PCのモニターを睨(ね)めつけながら、僕は腕を組んで小さく唸った。
「んー……」
 やる気はおかげさまで充分に出てきた。だが、物語のアイデアはそう簡単には出てこなかった。