旅立ちの娘

(著者)四季彩々

「私、東京の大学を受験するから」
 
 娘からそう言われて、動揺する私。
 昔と違って一緒に外食する機会も減ってしまった。久々に二人だけで外食をしたいと言われて連れてきたのだが…。
「私立の大学じゃないよ、国立だから」
 言葉の出ない私は、娘の顔を暫くジッと見つめた。
 日頃から、パパの給料じゃあ私立は無理だからと、国立である新潟大学への進学を娘に促してきた。給料が少ないのは事実だが、その発言は本意ではない。実家から通学してくれるのであれば、どこの学校でも良かったのだから。
「仕送り厳しければ、自分でバイトして稼ぐよ」と言う彼女に、「お金の問題じゃない」と返す。
「ママは知っているのか?」
「知っているよ」
「なんて言ってる?」
「勉強頑張りなさいって」
 馬鹿な、と口には出さなかったが、私の顔は曇る。
 古町にあるホテルイタリア軒のレストランで、彼女はパフェを口に運ぶ。東京であれがしたい、これもしたいと、パフェに向かいながら、半年後の未来に向けて 淡々と私に報告をする。
 新潟から東京まで、上越新幹線で約2時間。嫁ぐわけでもない、と言われればそうなのだが、寂しいものは寂しい。私は自分の半身が引き剥がされそうな想いで、彼女の報告を聞いていた。
 ワインを飲みたくなったが、ぐっとこらえる。娘は妻と一緒で、お酒を飲む私をあまり好きではなかった。
 この店を出たら一人で飲みに行くか…。
 彼女が私に顔を向けることはなかった。

          *

 私は一人寂しく古町商店街を歩いていた。
 静かなものだ。
 昔は路上で日夜、ギターを片手に愛を叫んでいた若者たちが多かった。
 ふと、ミュージシャンではない、路上脇で段ボールに座る青年を見つけた。
 青年は立て札と白い箱が置かれた横で、色紙とペンを2本握りしめている。
 《言葉のキャッチボール。五百円。》
 少し高い気もするが、私は近付き興味本位で横の箱にお金を入れてみる。
 すると青年はボソボソと「今の気持ちを色紙に一言」とつぶやき、ペンと色紙を私に手渡す。受け取った私は、
 《娘が上京。悲しい。》と色紙の右端に記載した。
 色紙を青年に返すと、青年は私の書いた文字の左横に、すぐさまペンを走らせる。
 《微笑ましい想い出。笑顔の種は今日も蒔かれている。》
 ………。
 お世辞にもセンスのある言葉とは言えなかったが、私の胸を何かが打つ。娘が小さかった頃の記憶が脳裏をよぎる。
 オバケ嫌いの娘が夜中に突然怖くなったのか、私の布団に飛び込んできた。
「パパあっち行って」と言いながらも、本当に遠くへ行こうとすると、娘は不安になって駆け寄り、私にギュッとしてきた。
 当時の些細な記憶で、目頭が少し熱くなる。
 私はペンを持ち直し、
 《これからの自分。》と先ほどの色紙に記載する。
 続けて青年がペンを走らせる。
 《想い出は一つじゃない。大切な人も一人じゃない。》
 ………。
 ふと、妻と出会った頃のことを思い出した。
 結婚してからも娘が産まれるまでは、よく二人で外食をしていたし、旅行も頻繁に行っていた気がする。特に語り合った内容は覚えていないが、共有した食事や風景は、今思い返しても尊い記憶である。
 ここ何年も二人きりで街を歩いた記憶がない。
 《大切な人も一人じゃない。》
 私は、青年にお礼を言い、過去を振り返りながら、ゆっくりと家路に向かった。

           *

 その夜、寝室にて。
 布団に入る私の横で、パタパタと化粧液を付けている妻。
 特にキッカケもなく、「なあ」と呼びかけると「ん」と返事が返ってきた。
「あいつの進学の話、聞いている?」
「聞いているよ」と、パタパタする手を止めることなく答える。
「受かるかな?」
「受かるでしょ、まじめだもん」
「そうか」と呟き、少し間を空ける。
 やると決めたらやるのが、うちの娘だ。彼女は自分の夢に向かって、しっかりと走り続けていくだろう。親元を離れてどこまでも。

「あいつの東京行き、笑って見送ってやるか」私は、ぼそりと口にする。
 続けて妻に聞こえないほど小声で「久々に二人で温泉旅行にでも行こうか」と口にする。すると、

「私も東京についていくよ」

 妻からそう言われて、動揺する私。
 彼女が私に顔を向けることはなかった。

桜並木の情景に想いを馳せる

(著者)上野 龍一

 鳥屋野潟の桜並木。
 通勤の車内、コンビニで買ったコーヒーを飲みながら少し想いに浸る。
 そんな何気ない朝のひと時が私の一番お気に入りの時間である。

 春は頭上を覆うように咲き乱れた桜のトンネルを潜るだけで心が弾む。
 夏は緑の葉と葉が混じり合い、そこから漏れる木漏れ日はキラキラと輝きながら降り注ぎ、秋は桜紅葉の色合いが、まるで水彩絵の具を混ぜたような、茜色を紡ぎ出す。
 冬は枝に積もった雪が白い花を咲かせ、花弁のように風に乗って舞う雪は寒さで凍てつく心を少し和らげる。

「桜の下には死体が埋まっている」
 という都市伝説が時折語られることもあるが、桜が短く咲き誇り、散っていく美しさと儚さからくる話なのかもしれない。
 四季折々美しい情景を見せ、生き生きとした生命を感じさせる桜に人は自然と「死」という神秘を重ねてしまうのであろう。

 桜の下に死体など埋まってはいない。
 なぜなら私が死体を埋めたのは、
 あのクスノキの下なのだから。

逆さ竹

(著者)上野 龍一

 小学校からの腐れ縁である
 和之と飲むことになった。
 なんでも、少し相談事があるらしい。

 居酒屋で和之と合流し席に着くと
 彼は神妙な顔で語り始めた。

「小学校の自由研究で越後の七不思議を調べたことを覚えているか?」
「あぁ、親鸞聖人が起した昔話だろ? 懐かしいな。どうした急に?」
「俺、あの時から思っていることがあって」
「なんだよ急に。それで思っていることって?」
「あの七不思議にさ、逆さ竹の話があるだろ?」
「あったね。鳥屋野だっけ?それがどうした?」
「いや本当、大した話じゃないんだ。うん。すごく、くだらない話。だけど、そのことで悩んでいるって言うか」
「だから何だよ。さっさと言えよ」

 普段、物事をはっきり言う和之が珍しく言葉を濁す。
 煮え切らないその態度にイライラし始めた時、和之はボソボソと呟くように口を開いた。

「俺さ、逆さ竹のタケノコを食べて見たいんだ」

 唐突な告白に、時間が止まる。

「はぁ?」
「だよな。そういう反応になるよな」

和之はビールを一気に飲み干すと、一つため息をつき話し始めた。

「自由研究で逆さ竹を調べていた時、お前が冗談で「逆さ竹のタケノコって食べられるのかなぁ?」って言ったんだよ。その時からさ、その冗談が耳に残って。まるで脳ミソからタケノコが生えたみたいに、逆さ竹のタケノコの
ことが頭の中から離れないんだ」

「冗談だろ?」

鼻で笑う私に和之は首を振ると少し声を荒げながら答えた。

「自分でも分かっているんだよ! くだらないって! でもダメなんだよ! 最近は逆さ竹のタケノコの事ばかり考えて夜も寝られないんだ! しかも、ただタケノコを取って食べるってだけじゃダメなんだ」

「まだ何かあるのかよ」
 呆れ気味に和之に尋ねた。

「昔「美味しんぼ」ってマンガがあっただろ? あれで「タケノコの大地焼き」って話があって。生えたタケノコをそのまま焼いて食べるってやつ。あの食べ方で食べたいんだ。あの食べ方じゃないとダメなんだ」

「お前。。。」
 和之の突拍子もない告白に絶句した。

 「逆さ竹」といえば国の天然記念物だ。
 和之はそれを「窃盗」するだけでなく「放火」まで考えている。

「おい、いいかげんにしろよ? 無理なのはお前も分かっているだろ? 40過ぎたおじさんなんだぞ? 物事の分別は付くよな? そんなくだらないことで社会的地位も家族も失う気じゃないだろうな?」

「分かっているよ。だから悩んでいるんだろう? だけど無理なんだよ。もう、この気持ちを抑えることはできないんだよ」

 和之はうつむきながら目に涙をいっぱいに貯めている。
 もはや冗談や笑い話ではない。

 世の中で毎日のように起こる事件。
 結果だけ見たら凄惨に見えることも、動機は本当にくだらないことなのかもしれない。

 この男のように。

「もう、本当に止めることはできないんだな?」
 和之に確認を取る。

「うん」

 涙をボロボロ流しながら和之は小さくうなずく。
 それもそうだ。四十過ぎたおじさんがタケノコをその場で焼いて食べたい。
 ただ、それだけの欲望のために全てを捨てようというのだ。

「わかったよ。もう止めないよ。でも俺はお前と一緒に罪を犯すことはできない。逆さ竹のタケノコではないけど、せめて今日は二人で、この店のタケコノを食べよう」

 和之は泣いている。
 私も涙が止まらない。
 けど、今日は笑って和之を見送ろう。

 私は「タケノコの筑前煮」を注文した。

 本来であれば、和之がこれから起こす「くだらない犯罪」を全力で止めなければならない。しかし、彼とは長い付き合いだからこそ解る。
 和之の悩みや苦みを理解できるのはきっと私だけなのであろう。
 ならば私だけでも最後まで和之の味方でいよう。
 そう心に決めた。

「これからも俺たちは友達だ」

 和之にそう告げ、タケノコの筑前煮を口に運ぶ。
 今日食べたタケノコの味を私は一生忘れることはないだろう。和之も泣きながらタケノコを口に運ぶ。

「うっ!」
 和之が急に嘔吐き始めた。
「どうした?大丈夫か?」
 嘔吐くほど精神的に参ってしまったのか?
 私は和之が心配になり身を乗り出した。

「不味っ!」
 そう言うと和之は口に入れたタケノコを吐き出す。

「俺、タケノコ食べられないや」
 和之は口を濯ぐようにビールを飲み干した。

「タケノコって何か、硬いし苦いよね!」
 そう言いながら和之はケタケタと笑っている。

 私は呆気に取られた。
 懐古。心配。嘆き。悲しみ。そして絶望。
 今までの感情は何だったのか。
 憑物が取れた様にスッキリした表情の和之とは反対に私の中にドス黒い感情が渦巻く。

「あぁ、なんかもう、どうでもよくなったわ! 今日はトコトン飲もうぜ! 付き合えよ!」

 和之は悪びれる様子もなく、ケタケタ笑うと追加のビールを注文している。

 その瞬間、私の中にある「何か」が音を立てて崩れた。

 もう、このドス黒い感情を抑えることができない。
 とっさに私は、そばにあるビール瓶を片手に握りしめた。

 私はこれから本当にくだらない理由で罪を犯す。

アシウスギの森

(著者) 中丸 美り

木々が深呼吸する季節になると、風花は落ち着かなくなる。五月に入り、ホームページで「遊歩道オープン」の文字を見つけ、週末には、この森の入口に立っていた。
 この季節の「森」は特別だ。半年もの間雪に閉ざされていた森が、大きく深呼吸するのがこの季節なのだ。
 風花がこの佐渡の天然杉に会いに来るようになって五年経つ。風花は、勝手にこの森の天然杉たちを同士だと思っている。ともにたくましく生きる同士。

 五年前の五月のあの日も、風花はこの森の入口に立っていた。
 一週間前に会社を辞めたばかりだった。いわゆるブラック企業だった。おまけに、会社を辞めたその日に彼氏にふられた。
 何日か悶々とし、風花は、生まれ変わることにした。何か今までにしたことのない体験をして、体の細胞をすべて新しくするのだ。そこで、思い出したのが、数日前に見た雑誌に載っていたこの森の写真だった。思い立った次の日には、この森の入口に立っていた。
 すぐには森に入る勇気がなく立ち止まっていると、一人の男性が声をかけてきた。
「よかったらガイドしましょうか?まだ見習いなので、ボランティアでご案内しますよ」
失礼だが、見習いとは思えない年齢。どう見ても七十は超えているだろう。ただ当然だが足腰はしっかりしているようだ。悪い人には見えない。風花は甘えることにした。
 森に一歩足を踏み入れたとたん空気が変わった。杉の木が何本も生えているのは分かるが、うっすらと霧に包まれ、視界は限られている。風花は、ふと今の自分の心の中のようだと思った。
 ガイドの男性について木道を歩く。
「あの、私、宮村風花といいます。お名前を伺ってもいいですか?」
「サワタリといいます」
サワタリと名乗った男性は、ときどき後ろを振り返り、風花の歩調に合わせて歩いてくれている。
 霧に包まれた杉の木が、近づくにつれて少しずつ姿を現わしてくるが、どの杉も幹が太いだけでなく、その幹の様相、枝ぶりが特徴的だった。あるものは幹がうねり、あるものは枝が折れ曲がり、あるものは曲がった枝がトンネルを作りと、どの杉も一般的な杉とは姿が異なっていた。
 風花は、無意識のうちに、ある杉の前で立ち止まっていた。羽衣杉という札が立っている。それまで見た杉の中でとりわけ太く、枝が四方へ伸びている。ある枝は地を這い、木道のすぐそばまできていた。風花は、その杉の木から何か特別な力を感じた。けっして威圧的ではない。だが、静かに圧倒的な存在感をもってそこに立っている。風花が、言葉を失って杉を眺めていると、サワタリが声をかけてきた。
「びっくりしましたか?ここの杉はアシウスギという杉です。形が悪くて木材にはできないので、伐採されることなく残った杉たちなんですよ。この森は約半年もの間雪に閉ざされます。多い時で五~六メートルもの雪が降る。だからその半年の間は、ここの杉たちにとって試練の時なんです。本来杉は上へ上へと生長していくものです。でも雪があって上へ伸びることができない。だから形を変えて生長するんです」
「形を変えて?」
「ええ、あるものは枝を横に伸ばします。あるものは枝が折れてしまいます。でもそれで終わりじゃない。折れた枝から根が生えて、そこでまた生長を続けるんです」
「折れた枝から根が生えるんですか?」
「ええ。倒れた木の上に杉の種が落ちて、そこから生長するものもあります。まさに生命力のかたまりです」
 サワタリは、いくつかの巨樹の特徴と、名前の由来を解説しながら、風花と一緒に森を歩いてくれた。サワタリの話は、杉のことはもちろん佐渡島の成り立ちにもおよんだ。
 何本もの杉の木を見て、サワタリの話を聞くうちに、風花は、この森の木々は、人間にも似た、いや人間以上の生への貪欲さや無骨さを持っていることに気づいた。悠遠のときを刻む天然杉。それらを、どこか神聖なもののように思っていた風花だったが、いつの間にかある種の親近感さえ覚えていた。
 生まれ変わらなくてもいい。上へばかり伸びなくてもいい。上に伸びることができなければ、横でも下でもいい。自分なりのやり方で、自分の思う方向へ進んでいけばいい。進めない時は休んで、自分の中に力を蓄えればいい。風花の心の中の霧が晴れていくようだった。
 森を抜けて現実世界に戻ってきた。陽光がまぶしい。
「サワタリさん、記念に写真撮らせていただいていいですか」
スマホを取り出し、顔をあげた。サワタリがいない。今一緒に森から出てきたばかりのはずだ。しかし、辺りを見渡してもサワタリはどこにもいなかった。
 風花は、サワタリの知識が見習いのそれではなかったこと、天然杉を見る目、語る口調が、家族や友人に対するもののように優しく温かかったことに気づいていた。

 あれから五年。風花は新しい会社に就職した。佐渡島のアシウスギたちのように、たくましく生きている。今年も同士たちに会いに行こう。風花は、森に一歩足を踏み入れた。

鉛筆

(著者) 若杉圭

 海に面したその町の丘の上に、先生の家はあった。
 二階の書斎からは日本海が一望できる。
 その日も、佐渡へと向かうフェリーがゆっくりと海を渡っていくところだった。

 夕日がね、下からやって来るんだよ。
 いつだったか、先生がそんなことを言っていた。夕日に顔を赤く染めながら。

 先生が死んだということを、私はだいぶ後になってから知った。

「そのままなのよ」
 弔問に来た私を書斎にとおして、洋子さんがそう言った。
「でもよかったわ、由香ちゃんが来てくれるのなら、そのままにしておいて」
 木製の書架を満たしている夥しい数の楽譜を、私はずいぶん久しぶりに見た。

 机の上の楽譜も先生が置いたままなのだろう。
 Pergolesi, Stabat Mater

 開いてみると、無数の書き込みが見える。8分音符ごとに振られた数字、ブレスの追記、6種類に分けられた独特の音色記号、強弱の変更、フレージングの注意事項。
 全然変わっていない。
 団員には伝えられない指揮者用の記号さえ、まったく同じだった。
 それらひとつひとつに込められた意図が、私には今でもはっきりと分かる。
 不意に涙が浮かんで、こぼれそうになった。

「その曲も演奏はできなかったわ」
「そうですか」
 Eja Materが始まったばかりの頁で書き込みは終わっていた。

 机の端には、いまも青い電動式の鉛筆削りが置かれていた。
「いつ買ってきたのかしらね、そんなのがあるって気がつかないでいたのよ」
 私が見つめていたせいだろう、洋子さんがそう言った。
「お葬式の後よ、気がついたのは」
「そうなんですか」
 やっとのことで、私はそれだけを言った。

 先生の書き込みがわからない時がある。
 そう先生に言ったことがあった。
 なんで?
 と、先生は聞いた。
「先生のその丸まった鉛筆のせいですよ」
 私はそう言った。
「そうかなあ、僕のメソッドが理解されていないせいじゃない」
「鉛筆使いのメソッドですね、わからないのは」
 大学で先生の指導を受けていた私は、まだ卒業もしないうちから、先生の合唱団に参加した。アマチュアのその合唱団のなかで、先生の指示を団員に伝えるのがいつの間にか私の役目になった。

「だいたい、鉛筆じゃないとダメなんですか?」
 私がそう言うと
「鉛筆じゃなきゃ・・・」
 先生はそう言ってから、手に持っていた鉛筆を削り始めた。小学生が筆箱のなかに入れてあるような、プラチック製の小さな鉛筆削りだった。それに鉛筆を突っ込んで、面倒そうに回転させているところだった。
「鉛筆削り、そんなのしか無いんですか」
「だって、ほかにどういうのがあるの?」
「鉛筆を入れると、がーって、機械が削ってくれるの、あるじゃないですか」
「へー、そんなのある?」
「知らないんですか」
 私は驚いてそう言った。
(ほんとに、なんにも知らないんだな、先生って。私のことだって)

「気が済んだら、下に来てね、お紅茶あるから」
 そう言うと、洋子さんは書斎から出て行った。

 青いその電動式鉛筆削りは、先生のお誕生日プレゼントとして私が買ったものだった。もうとっくに誕生日は過ぎていたけれど。
 あの日、先生の書斎にあった鉛筆という鉛筆を、全部私が削ってあげた。
「もう当分、鉛筆削りはしなくてもよさそうだね」
「だめですよ、すぐ丸くなっちゃうんですから、ちゃんと削ってくださいよ」
「面倒だなあ」
「じゃあ・・・」
 そこまで言って私は思わず黙ってしまった。
(じゃあ、私がいつも来て、削ってあげますよ)
 そう言おうとしたのだった。
 ん?
 と先生は言ったきりだった。

 鉛筆削りの表面を覆う青い塗料は、ところどころ剥がれ落ちて、金属の地肌をわずかに露出させていた。下の方に、削り屑を入れるプラスチック製の容器が装置されている。半透明のその容器を何気なく引き出して、私は思わず、あっと声を上げた。泡でも吹き出すみたいに、詰め込まれていた削り屑が溢れて机の上に広がったのだ。
木片の生々しい匂いが立ち上がった。

(こんなに、たくさん)
 削った鉛筆で、いったい何冊の楽譜に先生は書き込みをしたのだろう。

 机の上に置かれた楽譜を、私はもう一度開いてみた。2Bの鉛筆で書かれた記号が、つぶれることなく、はっきりとした線で描かれている。間違いなくそれは、削られたばかりの鋭利な鉛筆の先端が描いた線だった。

(鉛筆使いの、メソッド)

 たちまち涙があふれ、楽譜の文字が滲んでいった。
 その日、私は初めて声をあげて泣いた。

 それからどれぐらいの時間が経ったのだろう。部屋の中が少しだけ暗くなったようだった。太陽が水平線へと沈むところだった。

(もう行かなくちゃ)
 私は削り屑をゴミ箱に入れて書斎を出た。

 書斎に続いている廊下は、西側の小さな窓から射し込む夕日で真っ赤に染められていた。

 階段を上ってきた先生が、ちょうどその窓を背にして、ゆらりと大きな影を、その赤く染めぬかれた廊下に落としたものだった。

 ほらね、夕日が下からやって来るだろう。
 先生の声が聞こえたような気がした。

 赤いその光のなかに、私はいつまでも立ちつくしていた。

利き酒の出来る女

(著者) 圭琴子

「うわっ……」
 思わず、声が出てしまった。
 東京でひとり暮らしの岩飛(いわとび)は、女性週刊誌で誌面半分の小さなコーナーを任されていた。各地の地酒を紹介したり、日本酒を使ったオリジナルのカクテルレシピを考案するのが主な内容だ。
 今日は、コーナー一周年記念の取材に、念願の新潟を訪れていた。日本酒の生産量は全国第三位だが、七〇年代に『幻の酒』として注目され地酒ブームの火付け役となった、越乃寒梅(こしのかんばい)の大ファンだからだ。
 もちろん東京でも吞んだことは多々あるが、酒蔵(さかぐら)と契約して出来たてを提供するという日本酒バーでひと口やって、出たのが冒頭の感嘆符だった。
 カウンターを挟んで正面でグラスを磨いていたマスターが、レンズ越しに目を細める。
「どんな褒め言葉より、嬉しい反応ですね」
「あっ、すみません。あんまり美味しくて」
 岩飛は、タブレットに簡潔に感想をメモしながら、開店前に取材に応じてくれたマスター、船村(ふなむら)に質問する。
「東京で吞むのより、とてもフルーティな感じがするんですけど……秘密は何ですか?」
「僕が謝る番ですね。すみません、企業秘密なんです」
「なるほど」
 ふたりは顔を見合わせて、朗らかに笑い合う。
 岩飛はこんな商売をやっているが、人見知りで口下手なのが悩みだった。だが趣味の話が思いがけず弾んで転がるように、取材でそのコンプレックスを感じることはない。
 それに。再びグラスに口をつけてから、岩飛はチラリと船村を盗み見る。
 三十代後半とおぼしい面差しには、年相応に小じわが刻まれ柔和だが、フレームレスのスクエア眼鏡が知的な渋みを演出している。
 ――タイプかもしれない。
 岩飛は惚れっぽい方ではないのだが、何だか鼓動が騒ぐのを感じていた。
「本場でやってみたかったんですよね。吞み比べ」
「ほう。岩飛さん、お強いんですね」
「トビって呼んでください。あだ名なんです」
「では、トビさんですか。全種類いきます?」
「もちろん!」
 越乃寒梅は、日本酒のランク、精米歩合別に六種類あるのが特徴だった。
 嫌味でない程度のうんちくと共に提供される一杯一杯を味わいながら、船村とのふたりきりの語らいは心地良く岩飛を酔わせるのだった。
    *    *    *
 『越乃寒梅』を本場でテイスティングするのは、私トビの夢でした。
 日本酒バー、その名も『KANBAI』のマスター船村さんの耳心地の良いうんちくと、これも新潟名産こだわりの柿の種が添えられた越乃寒梅は、まだ十五時だというのに深い大人の時間を味わわせてくれました。
 原料米『五百万石』の持つ特性を活かしきり、淡麗辛口の中にもそれぞれ甘みや旨みがしっかりと立って、個性が表現されています。
 新銘柄『純米吟醸 灑』で感じたのは、現代的ですっきりとした味わい。それでも越乃寒梅らしい日本酒本来の旨みはしっかりと感じ取れます。
 昔ながらの味わいを連綿と守りつつも、時代に合わせて進化を遂げている『越乃寒梅』。これからも歴史に名を残す銘酒なのだろうと、確信したテイスティングになりました。
 ――ライター:岩飛亮子
 私信。蛇足になりますが、六番目に出されたお酒が、一番最初にも出された『普通酒 白ラベル』でした。
 私を試してらっしゃるのかしら? 船村さん。うふふ。
    *    *    *
 関係者用に送られてきた発売前の週刊誌の記事を読んで、船村はすぐに岩飛の名刺を取り出した。裏面には、手書きの携帯番号。
 あの取材の日から、SNSで交流を持ってはいたが、電話するのは初めてだった。
『……もしもし?』
 受話器の向こうで、少し戸惑ったような応答がある。
「トビさん、船村です。記事、読ませて頂きました」
『ああ、はい。ありがとうございます。感想かしら? お手柔らかにお願いします』
 笑みを滲ませた岩飛だったが、船村は真剣そのものだった。緊張か興奮か、声は僅かに震えて、要領を得ない言葉が飛び出す。
「トビさん、新潟に来られますか?」
『え? いつですか? 私もお酒が美味しくて楽しかったので、是非また寄らせて頂こうと思ってました』
「ずっとです」
『え?』
「僕も楽しかったです。お酒の話も、それ以外の話も。でも僕の条件には『利き酒が出来る女性』というのがあって、この歳まで独身でした。結婚してください。トビさん」
 ひと息にまくし立ててしまってから、急に沈黙が不安になる。五秒待ち、船村は恥ずかしくなって不明瞭に絞り出した。
「あ、あの」
 その言葉を、明るい笑い声がかき消す。しばらく続いて、やがてクスクスと小さくなった。
『ただ利き酒の出来る女性なら、星の数ほど居ると思いますよ。皆さん分かっても、気を遣って言わなかったんじゃないかしら。私が無遠慮だっただけで』
 船村はホッとひと息ついて、言い募る。
「そんなところも好きなんです。本音で語り合えなきゃ、夫婦なんてやってられないんじゃないでしょうか」
『船村さん、本気ですか?』
「本気です! 新潟に、来てくれませんか?」
 季節は春。奇しくも、恋の季節だった。
 モミジが紅く染まる頃、日本酒バー『KANBAI』では、沢山のオリジナルカクテルがメニューに加わることになったという。

End.

長岡花火

著者) 圭琴子


「はい、出来ましたよ」
 着付けもしてくれる美容院で、ヘアセット、ネイル、メイクと共に浴衣も着せて貰い、鏡の前に導かれた。
「うわぁ……」
 思わず、声が漏れてしまう。感嘆の声だ。鏡の中の自分は、別人みたいに綺麗だった。
(これで髪が黒かったらなあ)
 和音(かのん)は、生まれつき髪が茶色いのがコンプレックスだった。同級生たちには羨ましがられたが、高校のとき『生まれつきの色』と学校に認めて貰うまで、親も巻き込んで三ヶ月かかった。
 ついでに言えば、『和音』という名前もそうだ。もっと日本人らしい、『子』とか『美』が最後に付く名前だったら良かったのに、と思ってしまう。
 和音は更衣室を出て、先に着付けを終えて待っていた浩樹(ひろき)の前に出る。彼も明るく声を上げた。
「うお、和音、すっごく綺麗。かんざしもめちゃ似合ってる」
「ありがと。でもやっぱり髪、黒く染めた方が良かったかなあ?」
 和音のコンプレックスを知っている浩樹は、笑って彼女のセットされた前髪を撫でた。
「大丈夫だよ。和音は、茶髪でも黒髪でも可愛い」
 二人は笑顔を見交わして、信濃川に向かうのだった。
 大学の夏休みに海外に行く友人も多かったが、浩樹と和音は新潟を選んだ。日本一、いや世界一とも言われる長岡花火が観たかったからだ。
 浴衣でカロンカロンと下駄を鳴らし、手を繋いで混雑し始めた道を往く。
 河原には簡素な長椅子が、見渡す限り設置されていた。指定席に並んで座り、屋台で買った林檎飴など舐める。
 浩樹の隣には背の高い男性が座っていて、和音と目が合うと、人懐こく歯を見せた。薄暗い中にも金髪だと分かって、和音は思わず身構える。
「コンバンハ」
「あっ、今晩は」
 浩樹が応えている。
「楽シミデスネ」
「はい。僕ら、初めて観るんです」
「オー! 私ハ、第一回カラ観テイマス」
「へえ~。凄いですね」
 和音は、ホッと胸を撫で下ろした。容姿から、外国人に声をかけられることがたびたびあるのだが、英語は話せないからだ。彼が日本語で話しかけてくることに安堵して、和音も会話に加わった。
「今晩は。お国はどちらですか?」
「英国デスガ、神父トシテ、長ク日本ニ住ンデイマス」
「だから、一回目からなんですね」
「ソウデス。焼キ鳥、食ベマセンカ?」
「良いんですか? あ、じゃあ、僕らお酒買い過ぎたんで、ワンカップと交換で」
「オー、オ酒、久シブリデス! アリガトウゴザイマス」
 浩樹と男性が、和やかに物々交換している。
 やがて、花火大会が始まった。音楽と共に、打ち上げ音が大音響で河原に響く。色鮮やかだったり、とてつもなく巨大だったり、ひとつとして平凡なものはなかった。
 世界一と言われるだけあって、「復興祈願花火フェニックス」とアナウンスされた演目は、開花幅が視界に収まりきらないくらい、圧倒的なスケールのスターマインだった。幅、数キロはあるに違いない。
 夢のような時間が過ぎて、音と光の饗宴が終わると、周囲がざわざわとし始めた。硬いものを折るパキッという音があちこちで響いたかと思ったら、沢山のサイリウムの花が咲く。対岸にも灯り、カラフルな蛍のように美しい。
 隣を見ると、男性も古ぼけた大きな懐中電灯を振っていた。
「それ、何ですか?」
 浩樹が訊くと、男性は対岸に揺れる光を観ながら言った。
「花火師サンニ、アリガトウヲ伝エテイルンデス」
「へえ~! 僕らも持ってくれば良かったな」
「うん。来年は、持ってこよう」
 すると男性が、終了のアナウンスを待たずに、立ち上がった。
「もうお帰りですか? 楽しかったです。あの、これ。良かったら連絡ください」
 浩樹は、オフ会などで渡す、SNSアカウントが書かれた名刺を渡す。男性は微笑んだ。
「アリガトウ。浩樹ト、イウンデスネ。私ハ、ジョーデス」
「ありがとうございました、ジョーさん!」
 と、二人で手を振って別れたのが、さっきのことだ。

 ホテルに帰ってくつろいでいたら、LINEの着信音が鳴った。
『浩樹、楽しかったです。和音をよろしく』
 差出人には、『ジョー=船戸=スミス』の文字。それを見て、和音はあっと息を飲んだ。彼女のコンプレックスは全て、ひいお爺さんの代に婿入りしたという、その名前の男性からきていた。
 再び着信音が鳴る。
『和音、君は美しい。胸を張って生きなさい』
 そのLINEに返信しようと小一時間二人で格闘したが、ついにそれは叶わず、いつの間にかメッセージは消えていた。
 和音が母にその不思議な体験を報告したら、こんな返事が返ってきた。
『お爺ちゃんはね、長岡空襲で亡くなったんだよ。長岡花火はその翌年から、慰霊のために始まったの。だからきっと、和音に会いに来てくれたんだね』

 それから毎年、浩樹と和音は長岡花火に通ったが、二度と再び彼に会うことは出来なかった。
「丈(じょう)、何処に行ってたの? 手を離しちゃ駄目だって言ったでしょ」
「あのね、これもらった」
「えっ、誰に?」
「ぼくと、おんなじなまえなんだって」
 初めて三人で新潟を訪れた夜、そう言って小さな方の『ジョー』は、チョコバナナをかじって花火みたいな笑顔を見せた。

リンゴと私とそして君

著者) 丸和 華


 出口に向かって狭くなっていくトンネル、苔むした壁。
 心臓がギブアップ目前。お願い、早く抜けて。
 バスに座った時から膝の上に置いたままのリュックをギュッと抱えてみる。
『黒姫山は山全体が神体化されている』
 オリエンテーションの時にそう聞いた瞬間なんだか怖くなっちゃって。弟からお守りリンゴを借りて入れてきたんだ。クリスタル製でちょっと重たかったけれど持って来て良かった。ドキドキが収まってき……。

「わ!」
「きゃっ! お、脅かさないでよ、虎太朗《こたろう》くん」

 バスに乗るなりすぐ眠りに入った虎太朗くん。私、話し相手がいなくて寂しかったんだよ。ここは「寝ちゃって悪いね」って言うところじゃない?
 もー。久住虎太朗、君のこと、見損なった!

「俺、すぐバス酔いする質でさ。目を閉じながら『大丈夫』って自己暗示法で乗り切ることにしてたんだ。そろそろかなって目を開けてみたら、愛矢《あや》ってば引きつった顔してんだもん。お化け、ダメ系?」
「う、うん。お父さんの車の中でも、トンネルの時は息を止めてるの。『早く抜けろ』って心の中で唱えながら」
「やっぱりな。だけどさ、ビクビクしてるやつのところに近づいてくるもんじゃねーの?そういう悪い霊的なやつってさ」
「ちょっ、ちょっとやめてよ、悪い霊なんて言い方。めっちゃ怖いよ」
 今、虎太朗くんのこと見直しかけていたんだけど、前言撤回!すんごくヤな奴ー!
 もう何か話しかけてきたって、絶対口聞かないもんね。

 そう思ったのも束の間、バスはすぐ目的地のマイコミ平駐車場へと滑り込んでいった。
「わー。気持ち良いー」
 バスから地面に足を下ろした瞬間、ついさっきまでの憤りが嘘のように消えていった。
 ひんやりした空気に身体中の毛穴が引き締まる。冷蔵庫を開けた時みたい。それに、なんだかとっても透明な感じ。澄んだ空気ってこういうのを言うのかな?

 私たち青海南中《おうみみなみちゅう》、一年生十五人は、山を知り尽くすガイドさんと学芸員さんとを先頭に、日本一深い縦穴洞穴に向かって歩きだした。
 人の手が加わっていない露頭だらけ。学者さんが調査に入ることすら許されていない地域なんだって。二十人限定で年数回開催されるこのツアーに申し込むことでしか入ることの出来ない秘境。

 巨木が立ち並ぶ林道。ガイドさんはサワグルミだって言ってたっけ。私、うねうねグイッと成長し続けているこの木たちがなんだかちょっと怖い。

 林道を抜けると、スリリングな登山が始まった。命綱を付けて挑みたいほどの鎖場を通ったり、岩場の裂け目をまたいだり。

「さあ、ここが最後の目的地、日本一の深さを誇る縦穴鍾乳洞、白蓮洞《びゃくれんどう》です」

 ガイドさんの解説を聞いているうちに「ここで虎太朗くんにお守りリンゴを見せてみたい」という衝動に駆られた。虎太朗くんはちょうど私の隣にいる。
「虎太朗くん」
 私は囁き声で彼のことを呼ぶと、リュックの脇からお目当てのリンゴを引き出した。
「ひゅー」
 虎太郎くんはかすかな口笛を吹くと私の目を見てニヤリとした。
 ん?その笑みの意味は一体……。

「あ!」
 大切なお守りリンゴを落としてしまった。重たいクリスタルを持つ手の力が無意識に緩んじゃったんだ。

 隣にいた虎太朗くんが咄嗟に手を伸ばしてくれたんだけれど、あと一歩のところで届かなかった。お守りだったリンゴは細長い穴の中へと吸い込まれるように消えていった。

「ど、どうしよう」
「ごめんな。俺が口笛なんか吹いて驚かせちまったから」
「あ、ううん。違う。私がボーっとしちゃってただけだよ」
「思い出が詰まってた?」
「あのリンゴは絵描きだったおじいちゃんからもらったものなの。弟の誠は生まれた時から体が弱くてね。あのリンゴをお友達って呼んで話相手によくしていたんだ。でも今年、幼稚園に入園出来て。本物のお友達も出来てきたんだよ。リンゴの役目が終わったってことなのかもしれないね」
 私は頑張って口角を上げて見せた。
「なあ、愛矢。この穴は五百十三メートルの深さがあって、それはそこで終わりじゃないんだ。そこから真っすぐ、何キロも先の福来口《ふくがぐち》鍾乳洞へと続いている」
「うん」
 私は口を真一文字に結んだまま、ただ静かに頷いた。
「この黒姫山に降った雨はぜーんぶそうしたジオフロントを通過して田海川《とうみがわ》へと流れ出る。そうした奴らが流れ着く先にあるのは?」

 私は「日本海?」とおずおずと答えた。
「ああ、そうだ。壮大なロマンじゃね?」
「もしかしたら私の……ううん、弟のリンゴもひょっとすると」
「ああ。きっと糸魚川のどこかの海岸に流れ着いて、必要としている誰かが拾うんじゃね?」
「そうかもしれないね」
 私はカラリと笑いながら大きく頷いた。
 虎太朗くんが「良かった」と低く呟いたのを私の耳はきちんと拾っていた。

「良いコンビですね」
 ふいに届いたその声はガイドさん。ガイドさんにもご迷惑をかけちゃったな。
 私は静かに黙礼をした。
 
 良いコンビ――か。そうなれたら良いな。

「さぁ、そろそろ駐車場に引き返しますよ」

 ガイドさんの掛け声に、みんな素直に洞穴に背を向け始めた。虎太朗くんも。
 私はそんな虎太朗くんの背中を見つめながら洞穴に向かって振り向くと、彼と近づくきっかけをくれた白蓮洞に向かって、静かに深くお辞儀をした。

「愛矢ー。迷子になるぞー」
「わかってるー」

 小走りをして虎太朗くんに追いつくと、彼の背中を意味もなくポンっと叩いた。

 私は今、サワグルミの巨木が立ち並ぶ森を優しい気持ちで歩いている。

 了

父と私の新潟鉄道紀行

(著者) 蜜柑桜


 チリン……
 和室の出窓を開けると頭上で涼やかな音がした。ふと見上げれば飴色のガラスの下で若草色の細い帯が棚引く。
 途端に肺まで圧迫していた空気がほどけて柔らかくなり、それを思い切り吸い込んだ。風が肌を撫でても昼間のような気怠さはなく、逆に生半可に冷えた温度が心地よい。さっきまで赤紫に染まっていた空には闇が広がり、その中に真白の光が煌々と浮かび上がる。
「お父さん、月が綺麗だよ」
 紅い線香の先から煙がたゆたい、独特の香が畳の湿っぽい匂いと溶け合った。前にこの感覚を覚えたのはもう一年前か。
「あのねお父さん、次の出張、新潟になったよ」
 お鈴の音が消えるのを待って話しかける。窓際のチリン、という音が明瞭さを取り戻す。
「新潟、懐かしいねぇ」
 位牌の横に並んだSLの模型に目をやった。その後ろには、停止した列車を背に手持ちの地図を指差す父の写真。こぢんまりとした車体は白に青と赤のラインが可愛らしい。
 飽きるほど聞いたあの説明。柏崎と新潟を繋ぐ越後線。「東日本管内で115系が走るのはもうここだけだぞ」と自慢げな言葉に、自分の手柄かと私も弟も突っ込んだ。
 父の最後の旅行。この時から、新潟は私の特別な場所になった。
 無類の鉄道好きだった父。日本全国あらゆるローカル線を目指し、暇さえあればふらっと出かけていた。何をするでもなくただ乗るだけ。土産もなしに帰ってきたと思えば、乗り潰しマップにマーカーを引いては満面の笑みを浮かべていた。そうして季節が巡るたび、マップの白丸は減っていった。
 だがもう少しで地図が全て染まるというところで、白丸の連なりはそのままになった。
 病気が見つかってから、付き添い無しの自由な旅は難しくなった。
 それでも日々鉄道雑誌を広げ、最新の時刻表の確認をし続けた父。そんな父を見た母が、地図上無色の線を一つだけでも無くしに行こうと提案した。
 候補の中から越後線を選んだ理由はいくつかあった。東京から新幹線一本というアクセスの良さに加え、自然溢れる海山と、鉄男なら皆が惹かれる魅力の数々。父には最適だった。
 そして出かけた家族旅行。早朝に家を出て、上越新幹線で長岡、信越本線に乗り換え柏崎下車。そこから始まる鉄道巡りの二泊三日。
 念願の越後線、「一次新潟色」の車両に乗り込んだ父の興奮は病気が嘘だと思わせるほど。そのまま越後線全線制覇を果たし、新潟駅から向かったのは新津鉄道資料館。私はよく知らないが、Nナントカ編成で六色あるという越後線の六つの車両を満喫し、鉄道の歴史展示を食い入るように見学した父。
 さらに父のロマンの蒸気機関車、SLばんえつ物語で新津を出発。乗車区間は短かったのに少年のごとくはしゃいだ後には、旅館で山海の美味に舌鼓。食が細くなっていたはずが「米が甘い」とおかわりする。
 翌朝、レンタカーを走らせた入広瀬の道の駅で神秘的なエメラルドの鏡ヶ池を前にシャッターを切りまくり、森林浴をしつつ只見線で小出まで。スキーが得意だった父の案で塩沢で一泊。お風呂嫌いのくせに温泉を堪能し、疲れを癒して北越急行ほくほく線へ。車窓の外には魚沼盆地の広大な田圃で稲が揺れ、いくつも渡った橋梁の下では地を彩る草花や銀に光る川の飛沫が目に眩しい。
 線路で揺られて約一時間、犀潟駅で乗り換え直江津、さらに糸魚川まで海沿いを走り、長野を通って東京へ。
 マップの弓形の列島に新たな黄色い線が引かれた。これが父が引いた、最後の線。
 私は、この線を辿ったことがない。
 旅程の決定後に急の仕事が入った。私がリーダーのプロジェクトだった。代理を頼むと言った私を止めたのは、根っから仕事人だった父その人だ。「自分のために仕事を中途半端にするな」と初めて厳しく叱られた。
 だから私の知る新潟は、つぶさなお土産話と父が撮った色鮮やかな写真からだけ。
「でも、私も知りたくてね」
 父をこんな風に笑わせてくれた場所は、一体どんなところなのかと。自分で感じて、ありがとうと言いたかった。
「鉄道もいいけど、私は美食も気になるな」
 冷えた瓶の蓋を回すと、キュッと音が立つ。
「今日は、新潟のお酒を選んでみました」
 とっとっと……と、二つのお猪口を満たしていく。
 ——いい酒はな、酔わないんだぞ。
 まったく、通ぶっちゃって。
 カツンと合わせたお猪口の一つを仏壇に置いた。一礼して、くい、とお猪口を傾ける。まろやかな甘みが広がったあと、凛とした刺激が喉を通って胸に落ちる。
「ん、ほんとだ。んまい」
 きりりと冷えた雫が、湯を浴びた体の火照りを和らげる。
 仏壇の横から父のガイドブックを手に取った。名所旧跡、それから名産、工芸品。
 仕事の後は有給二日。お土産は、揃いのお猪口もいいかもしれない。
「あ、お父さんのは別ね」
 もう一杯目を注いで付け加える。
「実は、紹介したい人がいるもので」
 帰ったら、今度は私のお土産話、しっかり聞いてもらうから。
 線香の煙が窓辺へ流れ、虫の声と一緒に風鈴が鳴った。

一杯だけ、のあいまに

(著者) ベッカム隊長


 新潟でのイベントの仕事に合流する前に、趣味の街道歩きをした。
 けど、今日はちょっと疲れた。
 明日もう一日歩くことにしているけれど・・・。
「バーで一杯だけ、」
 そう思って古町の、小径をちょっと入ったところにある店の扉を開いた。
「いらっしゃいませ!」
 バリトンの澄んだ声が心地良く響き、私はうながされるままカウンター席に腰を落ち着けた。

 朝、古町を歩き出した時は、快調に足も運んだ。〝ドカベン通り〟と言えそうなアーケードを抜け、柳都大橋を渡り、法向院や沼垂白山神社に立ち寄りながら、阿賀野川の土手道にさしかかったあたりから、どうも足が伸びなくなってしまった。
 若干熱射病になっているような気がして、自販を捜しては水分補給をくり返した。
 旧道は聖籠宿へと進む。
 しかし県道46号線に出た時、観念して右折した。内島見東の信号を左折、掘割の交差点までが長かったが、そこを右折、ひたすら黒川駅に向かって足を動かした。
 新潟に戻って古町へ向かって歩いている時、派手な看板のカレー店があり、に入ってみた。一品200円なのである。辛さを一段階上げたら+100円。水は備え付けの自販でペットボトルを買わないといけないシステム。ただし持ち込みはOK!
 だから、実にリーズナブルなのだ。といおうか、リーズナブルすぎて経営の方は大丈夫か、とちょっと心配したくなるほどだった。
 注文し、食べてみると、味もイケてるし、量もちゃんとあるし・・・これで商売がやって行けるなら言うことないなぁ~・・・といたく感激した。
 若干まだ日射病の影響が残っていたけど、ちょっと辛めの400円カレーを、ヒーハーフーハーしながら食べた。なんだか身体もかなり回復してくれた気になるから不思議だ。
 そんな話題をちょっとふると、マスターも贔屓にしているという。
 一杯だけでは済まなかったけど、心地良い気分で、明日に臨めそうなところで切り上げ、宿に戻った。

 次の日・・・。
 昨日の出羽街道の起点から、逆に向かって高田方面に繋がっている北国街道を歩いて行った。
 白山神社に立ち寄ったら、タマ公という犬の銅像があり、その功績を読んでみると、雪国ならではの光景が浮かんできた。何度も雪に埋もれた飼い主を、ここ掘れワンワン!・・・の精神で救った一途なタマ公・・・。
 ステキな逸話に気分をよくして張り切って歩き出したのだけれど、やっぱり昨日の軽い熱中症の後遺症からか、足が全然進まない。
 学校町の交差点では大きく道を間違えてしまい、関屋松波町を抜けていくあたりからは、はっきり、しんどいなぁ~・・・と思うようになって来た。
 だから、国道402号線に入った浜浦橋手前を左折したところでちょっと休憩した。
 コンビニで買った氷菓を首筋に充て、コンクリートの堰堤の日陰に寝転んだ。
 すぐ傍に停まっている車の中から、ローカル放送のラジオが流れていた。
 リスナーからの手紙のコーナーになって、
「こんにちわ、9月になっても暑い日が続きますね」
(そのようで、今ひっくり返ってしまっているところです)
と思いながら耳を傾けた。
「・・・中1の時、新潟に引っ越して来て、毎日が寂しくてしょうがなく、そして小さないじめに遭い、それが段々・・・」
 やがて登校拒否になり、親に心配かけていることにも悩み、リストカットをして・・・。なかなか深刻な内容だった。
 でも中3の時のクラス担任が一生懸命の人で、クラスメートもうちまでいろんなものを届けてくれ、やがて夏休みが終わって2学期が始まった頃、部屋を出て、学校を訪れてみて・・・。すぐにはやっぱり馴染めなかったけど、春、みんなと一緒に卒業できた、ということだった。新潟ではない高校に進んで・・・そこでは3年間休まずに通った・・・ということだった。
 長いこと新潟に訪れることがなかったのだけど、家族で遊びに来た時、かつてのことを思い出し・・・というような内容が後日談のように続いた。
 40を過ぎ、あの頃の自分と同じような年齢になった子どもを持つ今、当時の担任のことやクラスメートのことや親のことをいろいろ思うと・・・と手紙は続いていた。
 女性DJは途中からずっと涙声になっていた。
 いろんな経験をして人は大人になる。
 私の息子も今、中学生だ。思春期の風に吹かれ、いかんともしがたい思いを一杯抱えて毎日学校に通っているのだろう。親はその姿を見守ってやるしかない。そして何かあった時にはすべてを投げ出しても息子のために動く覚悟を持つしかない。なんとか通ってくれていることに、今はホッとするだけだ。だからこうして旧道歩きなんかにも出かけられる。いや、それはちょっと問題が違うことかもしれないなぁ~・・・と思ってみたりする。
 ふと気が付くともうラジオでは別の話題になっていた。
 休憩したおかげで元気が戻っていた。息子の顔を思い浮かべながら、掘割橋を渡った。

「今日も一杯だけ、」
 そう思って夕刻、小径の奥にあるバーの扉を押した。