私の宝石

著者) 萩野 智


「これ、ほら。これ、違う?」
隆が嬉しそうに角ばった白い石を持ってきた。大きさはちょうど消しゴムくらい。ここにあるほとんどの石が綺麗に丸くなって、つやつやと黒っぽく輝いていたから、その石は目立ったのだろう。
「うーん。ちょっと違うみたい」
私は隆のごつい手の平から白っぽい石をつまみ上げて言った。

私と隆は二か月前に結婚をしたばかりだ。
新居からほど近いところに糸魚川が流れていて、川沿いを下っていくと海岸に出る。いわゆるヒスイ海岸というところだ。
日曜日の今日は、二人で翡翠拾いにやって来た。
それらしき石はたくさんあるのだけれど、本当に翡翠かどうかは素人には分からない。あとで鑑定してもらわないと。
「あ、これそうだよ。これ」
日差しの照り付ける中、隆が無理に浮かれたような声を出している。
ああ、気にしてるんだな。そう思った。
隆は本来、もの静かで、冒頓としている。見た目も派手さはなく、これと言って突出するものもないけれど、その分、穏やかな性格をしていた。
私はここ新潟の糸魚川市が地元で、とある銀行の上越支店で働いている。隆は三年ほど前に転勤で、同じ新潟県内の長岡支店からこの上越支店にやってきた。

そう、昨夜は、私の高校時代の同窓会があった。
こう言っては何だが、高校時代はけっこうモテた。そのなごりで、昨日もちやほやされていたと思う。結婚したと言うと、一様にみんながっかりした素振りをしてくれた。
そんな中、昔、クラスの女子全員が憧れていたと言っていい斉藤くんが家まで送ってくれたのだ。もちろんタクシーだけれど。
家で待っていてくれた彼とまあ、鉢合わせした。
「ああ、ありがとうございます。お世話になりました」
少し目尻を下げて、真面目にお礼を言う隆。
その素朴でほんのちょっと体格のいい隆に、面を食らったように言葉を失くす斉藤くん。その様子に、私だけが笑いをこらえていた。
うん、完全に隆の勝ちだ。
そうだよ、隆。昨日は隆の気にしていることなんて何もなかったし。
だいたい、あの斉藤くんさえも、隆の足元にも及ばなかった。

「この石、それっぽくないか?翡翠っぽい」
そう言って、隆が指先で四角い石をつまんで日に透かすようにして見ている。その隣で、私もさっき見つけたお気に入りの石を太陽に向かってかざした。
「なあ、それは違うんじゃないか?」
一緒になって私が太陽に掲げている石を覗き込む。
「そう?」
「そうだよ」
うん。そうだね。翡翠の特徴とは違うね。翡翠は透明な深緑色が美しい宝石だけれど、原石はだいたい白っぽくて、ほんの少しだけ緑の筋が見えたりして、角ばっている。
私が選んだ石は時に青っぽくも見えるけれど全体的に灰黒色で、楕円形。角が丸まってすべすべとしていた。
――たくさん波に揉まれてきたんだろう。
この海岸にはそんな丸くて滑らかな石がたくさんある。その中でもこの石は穏やかで優しい形をしていた。
「いいの。私はこれが良いの」
「……ふうん」
隆が私の持つ石から私の横顔へと視線を移す。
私はぎゅっとその石を握りしめて、隆の顔を見上げた。
「そうだよ。私が選んだんだから」
隆が少し驚いたように瞳を見開いた後、目尻に皺を寄せて照れくさそうに微笑んだ。