メモリー1:猫の里の発明王

(著者)虹

 弥彦公園のもみじ谷には小さな小さなトンネルがあり、ネコ達はその先にある『猫の里』で毎日楽しく暮らしています。ネコ達は料理が得意だったり、大工仕事が得意だったりと様々です。皆でお互いに得意な事を披露しながら助け合って暮らしています。

「う〜んチャンスは明日の夜、一度きりか…失敗はできにゃいな」
と猫の里一番の発明家の楓は、難しい顔をしながら古い書物を見ていました。

 三日前の事です。里一番のおてんばネコの もみじは、いつものように弥彦公園を駆け回ったり、香ばしい玉こんにゃくの香りを吸い込んだり、神社の参拝客を眺めたりと大好きな弥彦公園で遊んでいました。すると
「危ない!」
 車に跳ねられそうな危ない所を、弥彦駅の駅員さんが助けてくれました。
「猫ちゃん怪我はないかい?この辺りは車が多いから気をつけないとね」
 と、頭を撫でながら駅員さんは続けて言いました
「もうすぐ日が暮れる、お腹も空くだろうし夜は冷えるから暖かい駅にしばらくいるといい」
 もみじは猫の里に帰りたかったのですが、優しい駅員さんの所から逃げ出す気にはとてもなれませんでした。それに駅員さんはとても痩せていて駅員さんの方が寒そうだなと、もみじは心の中で思ったのでした。
 駅員さんはもみじの為に食事や毛布を用意してくれた後に、白い紙を取り出しマジックペンをはしらせ、スラスラと何やら書いた紙を壁に貼りました。そこには『里親募集』の文字と、お世辞にも似てるとは言えないもみじの似顔絵。
「大事にしてくれる飼い主が見つかるといいね」
 そう言って駅員さんはもみじの頭を撫でました。

 もみじが帰ってこないのでネコ達は心配しあちこち探し回りようやく弥彦駅にいるもみじを見つけました。
「なんとかしないと!」」
 と騒ぐネコ達に向かって楓は静かに言いました
「オレの家に代々伝わる発明の書には『人間変身薬 』の作り方が記されてあるにゃ、ただ失敗を恐れてオレの父さんも、おじいさんも誰も試さなかった、だから本当に人間に変身できるのかわからない、でもオレはこの薬を作ってもみじを迎えに行こうと思うにゃ」
 そうして楓は古い書物と一緒にしまってあった木箱のホコリを払いながら蓋を開けました。すると眩い七色の光に包まれて『七色のリンゴ』が一つ現れました。古い書物には『 七色のリンゴ一つ 、水一ℓ、砂糖大さじ三これらを合わせ満月の光に照らしながら弱火で一晩休まず混ぜ続けよ』と、まるで料理レシピかのように記されていました。
「こんなので本当に人間変身薬ができるんですか?嘘かもしれませんよ」
 と長いしっぽの白ネコは疑いながら言います。
「それなら俺たちが一斉に駅で大暴れしようぜ!」
 とネコ達は様々な声をあげています。
「オレはご先祖さまの発明を信じたい、そして人間と争うことなくもみじが帰って来れるならそれが一番良いと思うにゃ!」
 と普段は静な楓の大きな声にネコ達は驚き少しの間黙って
「わかりました、一緒に薬を作りましょう」
 と長いしっぽの白ネコは楓の手を取りました。すると
「私もお手伝いします!」
「もみじちゃんの為なら僕もやるぞ!」
 と次々にネコ達は手を挙げました。

 翌日見事な満月の下、料理が得意なネコは火を焚き、大きな鍋を用意しました。その大きな鍋の前にネコ達は行列を作って混ぜる番を待っています。
「それ!1.2.―10交代!」
 先頭のネコが10回混ぜては最後尾へ回り次のネコと交代。それを一晩中続けます。混ぜているうちにだんだんドロドロした液体になり、さらに混ぜていくとネバネバしてきて、さらに混ぜると小さくまとまってきました。もうどのくらいの時間混ぜ続けたのか分かりません。皆の気力と体力は限界へ近づき、朝日が顔を出しはじめたその時
〈パァァァー〉
 っと鍋から眩い光が溢れた次の瞬間
〈コロン…〉
 ネコ達は一斉に鍋を覗き込み、現れたコロンとした指先程の小さな一粒の固まりを目の前にして、ポカンと口を開けたまま数秒間まるで時が止まったようでした。
「これが人間変身薬?どうやら完成したみたいだにゃ…」
 と楓がボソッと呟くと、時が動き出したように歓喜の声をあげ拍手が巻き起こりました。そんな喜びの中
「それでよぅ、楓、本当にこの薬を飲むのかよぅ、し、死んじまうかもしれねぇぜ」
 と大工仕事が得意なネコは『失敗』の意味を想像して心配そうに言いました。その言葉にネコ達はまた静かになり不安な表情を浮かべています。
「みんなが一生懸命に手伝ってくれたその気持ちを無駄にできない、それにもみじはきっと困ってるにゃ」
 と楓は落ち着いた口調で言葉を放つと同時に
〈ゴクリ!!〉
 楓は勢いよく薬を丸飲みしてしまいました。
「あっ!!!」
 ネコ達は楓の一瞬の行動に驚いて同時に叫びましたが、手品のように楓の姿はもうそこにはありませんでした。

「イテテテ…」
 楓は頭を強くぶたれたような痛みを感じ目を開けると、目の前には彌彦神社のお社が朝の光で美しく輝いていました。
「あ!」
 と自分のやるべき事を思い出したのか大きな声を一つ出すと弥彦駅に向かって走り出しましたが、足がもつれて
〈ステン〉
 と転び、そこでようやく二本の人間の足に気が付き、嬉しさと驚きが同時に表れたような
「うぉー!」
 と叫ぶと少年楓は再び弥彦駅へと向かって猫の時よりも遅い足を一生懸命動かし走りました。
 弥彦駅では肌寒い朝空気の中、駅員さんはもみじに食事を用意している所でした。そこへ勢いよく走ってきた少年は
「あのっ!」
 と少年の声が大きく駅に響きます。こんな朝早くに人が来るとは思いもしなかった駅員さんは痩せっぽちの体をピクッとさせて驚き、声の方へと振り向きました。
「あのっ、すみません…ここにネコがいるって…」
 自分の声の大きさに驚いたのか、声が次第に小さくなっていく少年楓に駅員さんは近寄り優しい口調で言いました。
「こんな朝早くから猫に会いに来てくれたんだね」
 そう言うと、もみじを少年楓の前まで連れてきてくれました。もみじは少年楓を見ると不思議と一瞬で全てをわかったようで
「ニャー」
 と可愛い声で鳴いて少年楓に甘えます。そんなもみじを見た駅員さんは驚いた顔をした後、ぐっと優しい顔になり
「そうか!君のネコだったんだね、それは良かった!そうかそうか」
 と繰り返し頷いてそして
「これからは車に気をつけるんだよ」
 ともみじの頭を一度撫でてそれから
「気をつけて帰りなさい」
 そう少年楓に言いました。楓はペコっとお辞儀をして、もみじは駅員さんに向かって
「ニャー」
 と可愛く鳴いて少年と一緒に歩きだしました。痩せっぽちの優しい駅員さんは、だんだん小さくなっていく二つのしっぽにしばらく手を振っていました。